045_恋愛(死に至る病)愛されたなら幸せ、948字
月明かりすら届かない、漆黒の夜闇の中、かつて美しかった王城の庭園は、いまや反逆の炎に包まれて赤黒い火の粉を散らしていた。
「……ここまでだな、ダリア」
低く、どこか諦めたような声。
背中に触れる彼の胸の鼓動は、驚くほど静かだった。
この国の若き暴君と蔑まれた皇帝、ギルベルト。
世界中を敵に回した彼の傍らに残っているのは、聖女の座を捨て、彼と共に堕ちることを選んだ私だけだった。
城門が破られる凄まじい音が響く。
押し寄せる反乱軍の足音。彼らの掲げる松明の明かりが、私たちの影を長く不気味に伸ばしていく。
ギルベルトは血に汚れた手で、私の頬をそっと包み込んだ。その手のひらは凍えるように冷たい。
「私を置いて逃げろ。お前なら、聖女の力を示せばあいつらも命までは奪わない」
「嫌です」
私は即座に返答し、穏やかに微笑んだ。
神の声を届けると言われたこの唇で、生まれて初めて、私は自分のためだけの愛を紡ぐ。
「私は神を裏切り、あなたを選びました。今さら、綺麗で安全な場所に一人で戻るつもりはありません」
「馬鹿な女だ。私と居れば、地獄に行くことになるぞ」
「構いません。あなたと共にあるなら、そこが私の楽園です」
ギルベルトの切れ長の瞳が、かすかに揺れた。
いつも冷徹で、誰にも本心を明かさなかった彼が、初めて子供のように泣きそうな顔を見せた。
彼は諦めたように笑い、私を壊れ物を扱うように強く抱きしめた。
背後から、無数の矢が放たれる風切り音が聞こえる。
轟々と燃え盛る炎が、私たちの足元まで迫っていた。
熱風が髪を揺らし、視界のすべてが真っ赤に染まっていく。
恐怖はなかった。ただ、彼の体温だけが愛おしかった。
ギルベルトは私の耳元で、誓うように、呪うように、深く囁いた。
「死に至るまで、灰になるまで、お前を私のものにすると誓おう」
「ええ。死に至るまで、灰になるまで、私はあなたのものです、ギルベルト」
肌を焼く熱痛が襲いかかる直前、私たちは深く、深く唇を重ねた。
世界を敵に回した二人の恋は、激しい炎の中で完結する。
たとえ肉体が滅び、一握りの灰となって風に散ろうとも、私たちの魂を繋ぐ鎖だけは、誰にも引き裂けない。
あなたと見る絶望は、あなた無しの希望など霞むほど輝くから




