043_悲恋(運命のいたずら)運命を受け入れたケース、1417字
「いつか番に出会えたら、その時は笑って送り合おう」
そんな、おとぎ話のような約束をしていた。
獣人にとって、魂の片割れと呼ばれる「番」に出会える確率は極めて低い。一生をただの絵空事として終える者の方が圧倒的に多いのだ。
だからこそ、幼なじみであるアルフレッドと婚約した時、私は心から幸せだった。
私たちは幼い頃からずっと一緒にいて、お互いを誰よりも大切に思っていた。そこに「運命の番」という絶対的な絆はなくても、私たちが育んできたのは、間違いなく本物の愛だった。そう思ってる。
「お前を一生大事にする」
そう言って薬指に指輪をはめてくれた彼の瞳には、真っ直ぐな情愛が灯っていた。私もまた、彼を一生愛し抜くのだと信じて疑わなかった。
あの日を迎えるまでは。
街の喧騒の中、それは本当に突然訪れた。
すれ違いざま、身体中の血が沸騰するような激しい衝撃が走った。心臓が跳ね上がり、呼吸の仕方を忘れるほどの圧倒的な引力。
(あ……、嘘、でしょ……)
私の野生が、本能が、激しく警鐘を鳴らすと同時に、歓喜の声を上げていた。
振り返ると、見知らぬ狼種の男が、信じられないものを見るような目で私を凝視していた。彼の瞳も、私と同じように獣の衝動で揺れている。
これが、番。
抗うことなど絶対にできない、魂の縛り。
その夜、私はアルフレッドの部屋を訪ねた。
彼に真実を告げなければならない。
それは義務であり、誠意であり、そして……絶望だった。
「アルフレッド、私……」
喉が詰まって言葉が出ない。
私の左手には、彼から贈られた婚約指輪が光っている。でも、私の本能はもう、別の男を求めて叫んでいる。この裏切りを、どう謝ればいいのか。
しかし、私の顔を見たアルフレッドは、責めるような表情を一切見せなかった。
彼はただ、酷く切なそうに、けれど全てを察したような優しい笑みを浮かべた。
「……出会ってしまったんだね」
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい、アルフレッド! 私はあなたを愛してる、今でも大好きなのに……身体が、魂が、私の言うことを聞かないの……!」
涙がボロボロと溢れ、私はその場に泣き崩れた。
アルフレッドを傷つけたくない。だけど、番の引力から逃れることはできない。その矛盾に引き裂かれそうだった。
アルフレッドはゆっくりと近づくと、私の前に膝をつき、優しく涙を拭ってくれた。その手はいつも通り温かくて、それが余計に胸を締め付ける。
「謝らないで。僕たちは最初から、その覚悟で婚約したはずだろう?」
彼は私の左手を取り、愛おしそうに指輪に触れた。
「僕だって、お前を誰にも渡したくない。今でも、僕だけのものにしておきたいよ。……でもね、獣人の本能を奪われたお前が、これから枯れていくのを見る方が、僕にとってはよっぽど地獄だ」
「アルフレッド……」
「お前を愛しているからこそ、僕は『運命』に負けてあげる。だから、泣かないで」
そう言って、彼は私の指から静かに指輪を抜いた。
その瞬間、彼との絆が一つ消えてしまったような喪失感と、彼への深い愛しさが胸に満ちた。
私たちは、確かにお互いを愛し合っていた。
それでも、届かない運命がある。
「幸せに。……僕の、世界で一番大切な幼なじみ」
彼の最後の抱擁は、切ないほどに温かかった。




