044_not恋愛(貴族の現実)逆断罪、1176字
「私、そんなつもりじゃ……っ」
大理石の床に膝をつき、髪飾りにちりんと切ない音をいわせて涙を零す彼女――マリア・アルフェージュ男爵令嬢。
守ってあげたくなるような華奢な肩を震わせ、庇うように縋り付く高貴な令息たちを 潤んだ瞳で見上げている。
その姿は、なるほど確かに、文句のつけようもなく愛らしかった。
平民上がりという特異な生い立ち、庇護欲をそそる愛くるしい容貌。
貴族の常識に縛られない天真爛漫な振る舞いは、退屈な社交界に生きる殿方たちにとって、さぞ新鮮で魅力的な「光」だったのでしょう。
我が婚約者であった第二王子殿下を筆頭に、名だたる名門の跡取りたちが、こぞって彼女を侍らせ、その笑顔一つに一喜一憂していたもの。
彼女が小首を傾げれば法律が歪み、彼女が拗ねれば予算が動く。
男たちが勝手にやったこと? ええ、表向きはそうね。彼女はいつも「みんなが優しくしてくれるの」と無邪気に笑うだけだった。
「分かっているわ、あなたには悪気なんてこれっぽっちもないこと」
私は、彼女を断罪する冷徹な公爵令嬢として、一歩前へ踏み出す。
見下ろす私の視線に、マリアは怯えたように身を縮めた。
本当に、彼女に悪意なんてなかったのだと思う。
誰かを陥れようとか、国を揺るがそうとか、そんな大層な野心は彼女の小さな頭の中には存在しなかった。ただ、みんなに愛されたかっただけ。自分が望めば周りが全てを整えてくれる環境に、甘えていただけ。
でも、だからと言って何してもいいってわけじゃないの。
「あなたはしてはいけないことをしたから裁かれたのよ」
彼女の「悪気のないおねだり」の裏で、どれほどの平民が重税に苦しんだか。
彼女を喜ばせるための夜会のために、どれだけの国費が、本来回るべき地方の救済から削られたか。
そして、彼女が「ただのお友達」と呼んで侍らせた男たちの背後で、どれほど多くの婚約者たちが血の涙を流したか。
「悪意がない」ということは、時に、明確な悪意よりも遥かにタチが悪い。
なぜなら、自分の振る舞いが他者を傷つけているという自覚が皆無だからよ。
無知は罪であり、無自覚な踏みにじりは、ただの傲慢だわ。
「殿下、そして皆様。その方を庇うというのであれば、相応の覚悟を持ってお退きあそばせ。……我が公爵家は、国法を蔑ろにした者たちを、例え王族であろうとも容認いたしません」
私の冷徹な声が、凍りついた広間に響き渡る。
マリアは、最後まで自分がなぜ責められているのか理解できない風に、ただただ哀れっぽく涙を流し続けている。
物語のヒロインの時間は、ここで終わりよ。
ここはね、おままごとの世界ではなく、私たちが血を吐くような思いで維持してきた、冷酷で厳格な「貴族の現実」なのだから。




