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040_恋愛(運命の果て)獣人と人間、番の解消、1944字

 

 運命の(つがい)を探す旅は、過酷なものだった。

 獣人の国、その第一王子であるダダは、身分を隠して世界を巡り、ようやく3国目の人間が治める街で「その人」を見つけた。


 しかし、見上げた窓の向こう、愛しい番は優しそうな人間の男と寄り添い、穏やかに微笑んでいた。

 彼女はすでに、他の男と結婚し、人間としての幸せを手に入れていたのだ。


(……そうか。幸せなら、それでいい)


 胸を締め付けるような痛みを覚えながらも、ダダは静かに微笑んだ。自分のエゴで、彼女の今の平穏を壊すつもりはない。ただ一目、幸せな姿を確認できれば、それで満足して祖国へ帰るつもりだった。


 だが、運命は残酷な歪みを見せる。


「おい、そこで何をしている! 獣人の分際で!」


 背後から鋭い声が響いた。それは、彼女の嫁ぎ先の屋敷に仕える使用人や護衛たちだった。

 この国では、獣人は「野蛮で卑しい家畜同然の存在」として激しく忌み嫌われていた。


「この獣人め、若奥様をじっと見てやがったな! 番を見つけて攫おうとしたんだろう!」

「違……ッ、俺は、ただ……!」


 弁明の言葉は、容赦ない暴力によって掻き消された。

 寄ってたかって殴りつけられ、蹴られ、ダダの身体は地面に叩きつけられる。

 ダダには彼らを一瞬でねじ伏せるだけの実力があった。しかし、ここで暴れれば、愛する番の立場や、彼女の住む家を巻き込んでしまう。ダダはただ、じっと痛みに耐え、無抵抗のまま泥に塗れるしかなかった。


「薄汚い獣人が、二度とこの街の土を踏むな!」


 ボロボロにされ、路地裏に捨てられたダダは、血を吐きながら冷たい地面に横たわっていた。

 身体の痛みなど、胸の痛みに比べればどうということはない。ただ、理不尽な冤罪と、獣人へのあまりにも深い差別に、ダダの心の中で「何か」が冷たく冷え切っていくのを感じていた。



 ダダと連絡が取れなくなった侍従はすぐさま、祖国に使いを送る。

 ダダ発見の報せが届くまで、獣人国は色めき立っていた。


 そして、数日後。血塗れで帰還した第一王子の姿を見た国王と軍隊は、激しい怒りに震えた。


「我が国の宝であり、次期国王たるダダ王子を、あの一介の人間どもが……!」


 獣人国の情報網と軍事力は、人間の想像を遥かに絶するものだった。

 ダダをボロボロにし、冤罪をなすりつけた者たちの身元は瞬時に特定された。



 ある日突然、平穏だったその国に、圧倒的な威容を誇る獣人国の精鋭軍が押し寄せた。国境は一瞬で制圧され、国王は真っ青になって降伏した。

 目的はただ一つ。ダダを一方的に痛めつけた、あの屋敷の者たち全員だ。


「な、何かの間違いだ! 私はただ、不審な獣人を追い払っただけで……!」


 言い訳を叫ぶ使用人や護衛たちを、冷徹な眼差しで見下ろす者がいた。

 豪奢な衣服を身にまとい、圧倒的な覇気を放つ獣人――ダダだった。


「俺はただ、彼女の幸せを確認して去るつもりだった。攫う気など微塵もなかった」


 ダダの静かな、しかし地を這うような声に、人間たちは恐怖で歯をガタガタと鳴らした。


「お前たちが我が国に、そして俺に働いた無礼と冤罪の罪は重い。……全員、一生光の届かぬ鉱山へ送り、その身をすり潰して罪を償わせろ」


 悲鳴と許しを請う声が響く中、ダダを殴った者たちは一人残らず鎖に繋がれ、過酷な鉱山へと連行されていった。彼らが二度と、まともな人間の暮らしに戻ることはない。




 静まり返った王宮の自室で、ダダは一人、机の上に置かれた小さな小瓶を見つめていた。

 中には、妖しく揺らめく紫色の液体が入っている。


 それは、獣人の優れた嗅覚を完全に破壊する毒薬。

 匂いを失うということは、すなわち、もう二度と「運命の番」を認識できなくなることを意味していた。


 ダダは静かに、その小瓶を手に取る。


「……もう、探す必要もない」


 彼女は幸せだった。人間の世界で、人間の夫と。

 もし、自分の本能が、この鼻が、いつかまた彼女の匂いを追いかけてしまったら。その時は本当に、彼女の幸せを壊してしまうかもしれない。それに、番を失った半身の渇きを抱えたまま、王として国を率いることはできない。


 国のため、そして、愛した人の未来のため。


 ダダは迷うことなく小瓶の栓を抜き、一気にその毒を煽った。


 喉を焼くような激痛が走り、世界から「匂い」が消えていく。

 最後に残った彼女の甘い記憶の香りすらも、白い霧の彼方へと消え去っていった。


 視界がにじむ中、ダダはただ静かに、空になった小瓶を床に落とした。

 割れたガラスの音だけが、彼の哀しい旅の終わりを告げていた。


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