037_not恋愛(清浄な世界)終末、やり直し、1609字
薄暗い緑の光が、淀んだ大気に乱反射している。
頭上を覆うのは、巨大な菌類のカサ。吸い込めば肺を焼く毒の粉が、ここでは雪のように静かに舞い落ちていた。
かつて大陸の半分を支配した大帝国の、最後の姿だった。
「――ここまで長かったね、アルフ」
妖精のような形をしたホログラムが、物憂げに、しかし愛おしそうに彼を見上げて微笑む。
旅を始めたあの頃、古代書を片手に世界の救済を誓ったマスターは、文字通りの少年だった。
だが、命を削るような旅路を経て、気づけばその体はたくましく、顎に薄っすらと髭の生えた青年へと変わっていた。
彼らが歩んできた時の長さを証明するように、世界は滅び去った。
この辺境の地に、もう人類の息吹はない。
今なお世界を侵食し続けている腐食の森だけが、ただ静かに活動している。
「あぁ。やっと着いたよ、ルナ」
青年の視線の先、不気味な巨大キノコの根元に、それはあった。
世界を構築していたあらゆる人造物が崩壊していく中で、そこだけが時間が止まったかのように超然と存在していて、一目でそれが目的ものだと認識できた。
古代書に記された、世界の調律機構。
薄暗い奈落の底で、それは息をのむほど美しく、青白く輝いていた。
【リセットボタン】だ。
手元にある古びた書物には、このボタンが『世界を清浄にする』ためのものだと記されていた。
けれど、アルフはそうは思わなかった。
すべての人類が消え去り、大地が毒に侵された今の光景を見て、彼が確信したのは別の未来だ。
これはきっと、自分たち人類の歴史を、この穢された『世界を終わらせる』ためのボタンなのだと。
それでも、彼に迷いはなかった。
ただ、すぐに手を伸ばさず、その輝きの傍らに静かに腰を下ろした。
リュックから最後の配給食を取り出し、ルナと他愛のない思い出話をする。
旅の途中で見た、今はもうなくなって久しい美しい街のこと。途絶えてしまった人々の笑顔のこと――。
「怖くない?」
ルナの問いに、青年は小さく首を振った。
「いや。ただ、少し名残惜しいかな。この世界がどれだけ悲惨なものだとしても、君と僕が生きた世界だからね」
夜が更け、森の胞子が夜光虫のようにまたたく。
青年はリセットボタンの傍らで、ゆっくりと一晩を過ごした。
かつて帝国の滅亡を背負わされた悲壮な少年の面影はもうない。
そこにあるのは、世界の終わりを受け入れた、静かで、凪いだ大人の顔だった。
朝焼けの光が、わずかに森の隙間から差し込む。
青年は立ち上がり、衣服の胞子を払った。
そして、最後に旅の相棒に視線を送り、深く、静かに息を吸い込む。
「行こう」
迷いはなかった。
青年は、静かに落ち着いた心で、その輝くスイッチを強く押し込んだ。
カチリ、と。
世界を救う、終わりの音が響いた。
直後、音が消えた。
いや、音だけでなく、光も、大気も、アルフ自身の身体さえも、すべての存在が粒子となってほどけていく。
彼が予感した通り、世界は一度、跡形もなく完全に崩壊した。
しかし、それは永遠ではなかった。
崩壊の先で、光の奔流が巻き起こる。
猛威を振るっていた毒の森が消え去り、大地は光の濁流となって混ざり合い、再び冷えて固まっていく。
それは、すべての生命を一度まっさらに洗い流し、混沌からやり直すための、はるか昔から何度も行われている大いなる儀式だった。
やがて、荒れ狂うエネルギーが収束したとき、そこには、汚染も、滅びの傷跡も、何一つ存在しない無垢な大地が広がっていた。
生命の息吹が芽吹く前の、どこまでも青い空と、遥かなる海。
古代書の言葉は、嘘ではなかったのだ。
世界は確かに「清浄」になった。
人類の歴史という長い夜を終わらせ、まったく新しい太古の夜明けを迎えることによって。
金ローで○ウシカ見て、その後原作みて書いたもの。




