030_恋愛(30年目の答え合わせ)低位貴族同士の結婚、1699字
何ひとつ、突き抜けたものを持たない人生だった。
学校での成績はいつも真ん中。見た目も平凡。茶色の髪にこげ茶の目。実家である男爵家も、歴史は古いが、これといった権力も特産品もない。
「将来、どうしようかな……」
卒業を控えた冬、私は自室の窓辺で小さく溜息をついた。王都の社交界で華々しく婚活をする資金もなければ、自立して身を立てるほどの才覚もない。
そんな時、彼が現れた。
同じ学校に通っていた、隣領の子爵家の三男 リード。
彼もまた、成績は中庸、容姿は十人並み、家柄も私の実家と大差ない、見事なまでに平凡を体現したような男の子だった。
「ねえ、リサ。もし他にあてがないなら、僕と結婚しない?」
放課後の図書室で、彼はまるで「明日、街へ買い物に行かない?」とでも言うような軽さで提案してきた。
恋の駆け引きも、情熱的なプロポーズの言葉もない。だけど、私の心にはしっくりと馴染んだ。
「うん、いいよ。他に結婚してくれそうな人もいないしね」
こうして私たちは、静かに夫婦になった。
そこそこの日常、そこそこの幸福。
リードが幸運にも分家筋の小さな子爵領を継ぐことになり、私たちは王都を離れた。
その領地での暮らしは、派手さとは無縁だったけれど、悪いものではなかった。
大きな天災も、大豊作もない。ただ、毎年そこそこの小麦が実り、そこそこの税が入る。でもそのおかげで、私たちはほどほどに豊かな暮らしを送ることができた。
やがて生まれた二人の子どもたちも、私たちに似て大きな反抗期もなく、すくすくと普通に育った。
そして月日は流れ、子どもたちはそれぞれの進路を見つけ、手を離れ、王都へと巣立っていった。
気がつけば、邸の中はまた、私たち二人きりに戻っていた。
ある秋の穏やかな午後、庭のテラスで、私はリードと二人で大麦の茶を飲んでいた。若かった彼の髪には白いものが混じり、私の目元にもそれなりの皺が刻まれている。
ふと、ずっと心のどこかに思っていた小さな疑問が浮かぶ。
「ねえ、リード」
「どうしたんだい、リサ」
リードは読みかけの本から顔を上げ、穏やかな目を私に向けた。
「今更なんだけど……三十年前、どうして私に結婚しないかって言ったの?」
「どうして、って?」
「だって、お互いに頭も容姿も家柄も、本当に平凡だったじゃない。あなたなら、もう少し無理をすれば、もっと裕福な商家の娘さんとか、有力な貴族の縁者を狙うことだってできたでしょう? なんで、私だったのかしらって」
リードは一瞬きょとんとした顔をした後、ふっと目元を和ませて笑った。
「リサ、君は自分のことを平凡だと言うけれど、それって実は、ものすごく凄いことなんだよ」
「……凄い?」
「そうさ」
リードは温かい茶を一口すすり、静かに言葉を紡いだ。
「世の中のたくさんの人が、特別になろうとして、あるいは特別であることを維持しようとして、身も心も摩耗させている。
だけど君は、自分の身の丈をちゃんと知っていて、何もない自分を卑下することも、大きく見せようとすることもしなかった。いつも凪いだ海みたいに、静かで、機嫌が良くて、一緒にいてちっとも疲れない。
僕も平凡な人間だからね。背伸びをせずに、ただ手を繋いで、同じ速度で歩ける人が良かったんだ。だから、君以外の選択肢なんて最初からなかったんだよ」
リードはそう言って、テーブルの上にある私の手に、自分の手をそっと重ねた。その手は昔よりも少し骨張っていたけれど、変わらずに温かかった。
「……じゃあ、私で正解だった?」
私が少し悪戯っぽく微笑むと、リードは深く頷いた。
「大正解さ。これ以上ないくらい、僕たちの人生はそこそこ最高だっただろう?」
「ええ、そうね」
見上げる空は、抜けるように青い。
特別なことは何も起きなかった。だけど、この退屈なほどに穏やかな日々こそが、私たちが三十年かけて作り上げた、世界に一つだけの特別な宝物だったのだと、私は今になって知った。




