031_恋愛(予定調和)悪役令嬢、婚約破棄、2326字
華やかなシャンデリアが照らす学園の卒業パーティ会場。
その中央で、私の婚約者である王太子 ジークは、可憐な男爵令嬢の肩を抱き寄せ、堂々と宣言した。
「エレノア! 身分の低い彼女をいじめ抜いた冷酷なお前との婚約は破棄する! 俺は真実の愛を見つけたのだ!」
―― …………は?
静まり返る会場のあちらこちらから、私に対して哀れみの視線が向けられる。鬱陶しい。
そんなことを言われて私が悲しむとでも思っているのか。
本当に分かっていない。
「――ふざけないでください」
ジーク殿下がビクリと肩を揺らす。一歩、また一歩と静かにゆっくりドレスの裾を翻して詰め寄ると、彼は怯えたように後退した。逃がすものか。
「な、なんだその態度は! 反省の色もないのか!」
「反省? それはこちらのセリフですわ! ジーク殿下、わたくしがこれまでどれだけの時間を王妃教育に費やしてきたと思っているのですか!?」
静かな怒声が、静まり返った会場に低く響き渡る。
「十年間です。 あなたが他の令嬢と遊び呆けている間、わたくしは毎朝五時に起き、歴史、法学、帝王学、果ては隣国の言語を三つもマスターいたしましたわ。 お茶会を開けばお菓子の選定から席順まで手配し、あなたのあやふやな領地改革の書類を夜通しで修正して差し上げたのは誰だと思っていますの!?」
「う、うるさい! それは王妃になるなら当然の……」
「当然ではありませんわ。 わたくしが注いだ血と汗と涙、そして美容にかけた莫大な予算を何だと思っているのです!? それを『真実の愛』などという頭の悪い免罪符一枚で白紙に戻せるわけがないでしょう。 この給料泥棒! 税金泥棒! わたくしの輝かしい青春を今すぐ秒単位で返してくださいまし!」
息もつかせぬ弾丸トークを浴びせると、ジーク殿下は顔を真っ青にしてガタガタと震えた。隣の男爵令嬢に至っては、泡を食って気絶寸前だ。しっかりしてほしい。これで終わるとでも思っているのか。
「……そこまでにせよ、エレノア嬢」
突然入った横やりに、舌打ちしそうになる。
人混みを割って現れたのは、この国の最高権力者である国王陛下だった。会場が緊張に包まれる。
ジーク殿下は「父上! この無礼な女を処罰して……」と縋り付こうとしたようだが、陛下はそれを冷たく一喝した。
「黙れ、愚か者が」
陛下はジーク殿下を鋭く睨みつけた後、深く、本当に深くため息をついた。
そして、驚くべきことに、私に向かって真っ直ぐに頭を下げたのだ。
「エレノア嬢、本当に申し訳ない。
……この子は生まれた時に母親を亡くしてな。私が不憫に思うあまり、甘やかしすぎてしまった。その結果、これほど思慮の浅い我がままな男に育ち、君の尊い努力と時間を無駄にしてしまった。すべては私の監督責任だ。国を代表して謝罪する」
周囲からどよめきが起こる。一国の王が、一介の公爵令嬢に頭を下げているのだ。
だからと言って、私の怒りはこれっぽっちも収まっていなかったが。
当然だ。王太子の婚約者という立場を失った私は、明日からただの「行き遅れの元候補」として嘲笑されるのだ。冗談ではない。
ふっと息を整え、完璧なカーテシーを捧げ、そして、凛とした瞳で陛下を見据える。
「陛下、頭をお上げください。恐れ多くも一国の王たる御方が、王子の尻拭いで頭を下げられるなど、あってはならないことですわ」
私の言葉に顔を上げた陛下に、これ以上ないほど美しく、そして不敵な笑みを浮かべて見せた。
「ですが、陛下の仰る通り、わたくしの十年間は、謝罪や慰謝料、領地ごときで埋まるほど安いものではございません。わたくしが死に物狂いで学んだ最高峰の王妃教育、そしてこれまでの実績をここで腐らせるなど、国家的な大損失だとは思いませんでしょうか?」
「……ほう? では、どう補償せよと言うのだ?」
陛下が目を細める。この提案に、乗ってくださるといいのだけれど。
「国家の損失を防ぎ、我が公爵家の名誉を回復し、そしてわたくしの十年間に対して最も誠意ある『責任』を取っていただく方法が、一つだけございます。
――陛下、どうかわたくしを、あなたの妻としてお迎えくださいませ。わたくしが予定通り王妃となり、この国を、陛下をお支えいたします」
「なっ……!?」
ジーク殿下が声を上げた。
会場の空気が凍りつき、皆、周囲の貴族と目を合わせて動向を探っている。
陛下は一時呆然としたけど……ククッ、と低く笑い始めた。
そしてその笑いは次第に大きくなり、やがて豪快な笑いへと変わる。
―― 勝った
「ははは! 素晴らしい! ジークには勿体なさすぎるほどの度胸と才能だ。うむ、私の妻なら、君のその膨大な知識も努力も、すべて国のために存分に振るうことができるだろう」
陛下は私の前に跪き、その大きな手で私の手を取った。
「エレノア嬢。いや、私の愛しい未来の王妃。私と共に、この国を支えてくれるか?」
「ええ、喜んで。あの愚息の再教育も含めて、徹底的にしごき上げて差し上げますわ」
こうして私は、婚約破棄されたその日に、義父になるはずだった国王陛下と結婚することになった。
隣国との外交も、内政の書類仕事も、陛下と二人でやれば驚くほどスムーズに進む。何より、私の努力を誰よりも認め、溺愛してくれる陛下との新婚生活は、最高に甘くて幸せだ。
ちなみに、王太子の座を追われ、僻地の開拓地へ送られた元婚約者の泣き言は、王宮の美しい庭園までは一切届かない。




