028_恋愛(薄)(病弱な義妹)結婚後になんとかなった話、3132字
田舎の子爵領から王都の伯爵家へ嫁いだ私 マーガレットの結婚生活は、ある1点を除いて順調と言えました。
夫は優しく、家格としても申し分のない良縁。これを逃せば、十歳以上も年上の貴族の後妻に入るくらいしか道はありませんでした。ですから、多少の我慢は仕方ないと割り切っていたのです。
その我慢の最たるものが、十歳年下の義妹、チェルシー様の存在でした。
チェルシー様は病弱で、少し無理をするとすぐに激しく咳き込んでしまいます。伯爵家にとっては待望の女の子で、まさにお姫様として育てられていました。婚約者の頃から、義両親や夫には「チェルシーを大事にしてやってくれ」と耳にタコができるほど言われ、それが結婚の条件でもあったので文句も言えず、彼女のわがままに付き合わされる羽目になったのです。
ただ、チェルシー様のわがままというのは、「あの観劇に行って感想を教えて」だの「あそこの有名なお菓子を買ってきて」だの、実害のない可愛いレベルのものでした。自分も興味があるものだったら喜んで行きましたし、興味がなければ夫たちに丸投げします。そうやって、最終的に誰かがチェルシー様のお願いを叶える、それが日常でした。ですので、それ自体は大きな問題ではありませんでした。
本当に不安だったのは将来のことです。
義両親からは「私たちが隠居して家を継いだら、チェルシーのことを頼む」と言われ、夫もそれを当然のことと思っています。チェルシー様は王都の貴族と何度か見合いや婚約をしたものの、「なんか考え方が合わないわ」とすべて破談にしていました。
―― このまま一生、私は彼女の面倒を見続けるのかしら……
そんな不安が、常に私の頭にありました。
変化が訪れたのは、王都でのある夜会でのことでした。
私は久しぶりに、幼なじみの友人と再会しました。「今度帰省したら、お茶会をしましょう」と誘われ、しばらく実家に顔を出していないことを思い出したのです。
夫に相談すると、幸いにも次の長期休暇の行き先を私の実家にしてくれました。
そのことを夕食の席で話した時のことです。
「お義姉様の実家って、とても遠いところなのよね。わたしも行ってみたいですわ!」
チェルシー様が目を輝かせておねだりしてきました。
でも実家は国境近くの田舎です。病弱な彼女に何かあっても責任は持てません。私は即座にお断りしました。
ですが、「すごく行きたいの! お願い!」と縋り付かれ、義両親や夫からも「チェルシーがあんなに行きたがっているんだ、連れて行ってやってくれ」と拝み倒され、結局折れるしかなくなってしまったのです。
義両親は喜び、お礼にと、王都の流行りの高級菓子や珍しい紅茶、きらきらと輝く細工瓶に入った香水を、馬車に溢れんばかりに持たせてくれました。
実家に到着すると、幼なじみの友人は近隣の貴族たちに声をかけ、盛大なお茶会を開いてくれました。
私は義両親から預かったお土産を、チェルシー様とともに皆に配りました。
そこで、チェルシー様に運命の出会いがありました。
お茶会に出席されていた、私の弟の友人であり、国境沿いに広大な領地を持つ伯爵、アンドリュー様です。
彼は、スマートな王都の貴族子息たちとは異なり、まるで熊のように大柄で、逞しい体格をした男性でした。その体格の良さに、初めはチェルシー様が驚いて怯えてしまうのではないかと心配したのですが……それは全くの杞憂でした。
チェルシー様は彼を見た瞬間、文字通り一目惚れしてしまったのです。
恋をすると一直線な彼女は、すぐさま私に「お義姉様、あの大柄で素敵な方と仲良くなりたいですわ! ご紹介していただけませんか」と詰め寄ってきました。そして彼女の凄まじい熱意に押し切られる形で交流が始まり、とんとん拍子に婚約までこぎつけてしまいました。
これには、アンドリュー様も大喜びでした。
彼の領地は広大ですが、ここは王都から遠く離れたど田舎です。これまで数十回もお見合いをし、婚約まで至ったこともありましたが、すべて「そんな田舎に行くのは嫌です」「あんな熊みたいな人怖いわ」と断られ続け、結婚を諦めかけていたらしいのです。そこへ王都の、この上なく愛らしい美少女が「その大きくて頼りになるところが素敵!」と猛アタックしてきたのですから、彼は「すぐにでも結婚したい!」と有頂天でした。
しかし、これに大反対したのが王都の義両親です。
「あんな遠い田舎に、可愛いチェルシーをやれるか!」と大騒ぎになりました。そこで私は、ここぞとばかりにチェルシー様を応援しました。
「お義母様、あちらは田舎ですが素晴らしいところです。それにアンドリュー様の領地は王国有数の穀倉地帯で、将来の財政も安泰ですよ」
さらに、実際に現地へ赴いた夫も私に加勢してくれました。
「父上、あそこは本当に空気が綺麗なんです。滞在中、チェルシーの咳がほとんど出ていませんでした」
また、チェルシー様自身も「わたし、絶対にアンドリュー様と結婚する!」と言って聞きません。
極めつけは、アンドリュー様が「義父母様が引退されたら、僕の領地に邸を建てますので、どうぞそちらに移住してください」という提案までされたので、ついに義両親も折れることとなったのです。
それから三年が経ちました。
チェルシー様はアンドリュー様のもとへ嫁ぎ、驚くべきことに、領主の妻でありながら領地の農業を積極的に手伝っているというのです。
先日、私と夫は様子を見に彼女の領地を訪ねました。
そこには、麦わら帽子をかぶり、顔や服に泥をつけたチェルシー様がいました。王都にいた頃の青白い顔はどこへやら、彼女は信じられないほど生き生きと、輝くような笑顔を見せていました。田舎の綺麗な空気が合ったのか、病気もすっかり治り、元気に動き回っています。
「まあ、お義姉様! 遠いところをよくおいでくださいました!」
熊のように大柄なアンドリュー様の隣に並ぶと、彼女の可憐さがより一層引き立ちます。アンドリュー様はもちろん、彼のご両親も、チェルシー様をとても溺愛していました。
「こんなに可愛いお嫁様が、進んで農業まで手伝ってくれるなんて! しかも、こんなに愛くるしい跡継ぎまで産んでくれて……!」
チェルシー様は田舎の地でも、王都にいた頃と変わらず(いや、それ以上に)、お姫様として大切に扱われていたのです。
今、チェルシー様は社交の時期に一ヶ月ほどの予定で、王都の実家へ帰省してきます。
しかし、「王都はごみごみしていてつまらないし、また咳が出てしまうわ」と言って、必要な社交をこなすと、たくさんのお土産を買い込んで早々に田舎へ帰ってしまいます。義両親は少し寂しそうですが、かわいい娘が健康になり、かわいい孫も産んで、田舎でのびのび充実した生活をおくっているのですから文句の付けようもありません。
帰省の際、チェルシー様は私を呼び止め、両手をきゅっと握って言いました。
「あの時、お義姉様がご実家へ連れて行ってくださらなかったら、わたし夫と出会えませんでしたわ。結婚を応援してくれたのもお義姉様ですし、本当にありがとうございます。お義姉様のおかげで、わたし今、とっても幸せですわ!」
満面の笑みでお礼を言う義妹を見て、私はそっと胸をなでおろしました。
私の将来の不安は綺麗さっぱり消え去り、今や我が家には、遠い穀倉地帯から届く美味しい小麦粉、ワインと彼女の幸福な便りが、定期的に届けられています。




