027_not恋愛(転生者がうまく踊れるわけがない)悪役令嬢と男爵令嬢が転生者、2432字
「……これより、ベアトリス・グランスター。並びに第二王子エドワルド。貴様たちを婚約破棄、王籍剥奪し、および国家転覆罪による捕縛を宣言する」
夜会広場の中心で、私の声が響き渡る。
その声で周囲に隠れていた近衛兵が一斉に飛び出す。
つい数分前まで、糾弾されていたのは私の方だった。私が平民上がりの男爵令嬢、ルルゥに現を抜かし、婚約者である侯爵令嬢ベアトリスを虐げたという理由で。
私の足元で、勝ち誇った笑みを浮かべていたルルゥが、愕然とした顔で私を見上げている。
「兄上、何度も苦言を呈したはずです!」と正義の鉄槌を下したつもりでいた弟のエドワルドと、その側近たちも一瞬にして顔を蒼白にした。
「な、何を……っ! あなたがその男爵令嬢に現を抜かした証拠は、すべて我々が――」
「ルルゥが、お前たち第二王子派の放った間者であるという証拠のことか?」
私が淡々と言うと、エドワルドの言葉が喉に詰まった。
私の側近たちがすでにルルゥの背後に回り、拘束している。
「そんな……嘘よ、どうして……!」
ベアトリスが絶望に目を見開き、よろめいた。
彼女もエドワルド同様、何度も私に「王太子の自覚を」と忠言してきた。だが、あれは私を追い詰め、堂々と婚約破棄をしてエドワルドに乗り換えるための、計算された罠だった。
私は、冷え切った目で彼女たちを見下ろした。
始まりは、私たちが13歳の頃だった。
幼い頃から私を慕ってくれていたはずのベアトリスの態度が、ある日を境に急変した。私を見る目が怯えと嫌悪に染まり、あからさまに距離を置き始めた。
―― 望まなければ、信じなければ、裏切られることなどなかったのだろうか
私は急に冷たくなった彼女の態度に傷つき、そう自問自答した。彼女を愛していなければ、これほど悩むこともなかったのに、と。
だが、傷ついている暇などなかった。王太子の婚約者の異変だ。私は即座に影を動かし、彼女の身辺を調査させた。
そこで上がってきた報告は、奇妙極まりないものだった。
ベアトリスが、当時はまだ平民だったルルゥと秘密裏に接触しているというのだ。さらにその後、ベアトリスは私の弟であるエドワルドに急接近し始めた。
不審に思った私は、すぐに両親に相談した。父上も事態を重く見て、独自に国家の諜報網を動かし、監視を強化した。
そこで炙り出されたのは、あまりにも荒唐無稽な物語だった。
ベアトリスとルルゥ ――彼女たちは、前世の、違う世界で生きていた記憶を持つ「転生者」だというのだ。
彼女たちの知識によれば、この世界は『乙女ゲーム』とやらで、私は「平民のルルゥに溺れて婚約者を虐げ、最後には断罪される愚かな王太子」になる運命だったらしい。
ベアトリスからすれば私は「未来の浮気者」。ルルゥからすれば私は「婚約者を大事にしない最低な男」。
未来の断罪を恐れたベアトリスは、私を見捨ててエドワルドに乗り換えることを画策。ルルゥと手を組み、双方ハッピーエンドとなるため、私を計画的に「ゲームのシナリオ通り」の悪役に仕立て上げて、エドワルドと共に私を断罪しようと仕組んだのだ。
だが、彼女たちは致命的な勘違いをしていた。
ここは彼女たちの言うゲームの世界などではない。血の通った人間が生きる、現実の国家だ。
自分たちが動く裏で、当然、他の人も自分の意思で動く、そんなことも思わなかったのだろう。
王太子である私や一国の王である父上が、彼女たちの不審な動きを数年間も放置する、そんなことあるはずがないというのに。
「お前たちの計画は、13歳の頃からすべて父上と私に筒抜けだったのだよ」
私は一歩、エドワルドたちに歩み寄る。
「私がルルゥのハニートラップに引っかかったフリをしていたのは、お前たちが調子に乗ってボロを出し、グランスター侯爵家と第二王子派の陰謀を炙り出すためだ。すべては今日、この夜会で君たちが私を糾弾した瞬間、国家転覆の証拠として一網打尽にするための計画だ」
「そんな、原作と、シナリオと違う……っ! 私は悪役令嬢を回避して、幸せになるはずだったのに!」
ベアトリスがブツブツと狂ったように呟き、崩れ落ちる。
「連れて行け」
私の命令とともに、近衛兵たちがエドワルド、ベアトリス、そしてルルゥを派手に引きずっていく。
事後処理の指示を終え私が息をつくと、張り詰めた空気の中、一人の令嬢が静かに近づいてきた。
「……お見事でした、王太子殿下」
エドワルドの元婚約者の、公爵令嬢のエレナが私をねぎらった。
彼女もまた、エドワルドの裏切りに早くから気づき、我が派閥に協力を申し出てくれた聡明な女性だった。
「エレナ。巻き込んでしまってすまなかった。エドワルドの婚約者として、辛い役回りをさせたな」
「いいえ。私はただ、この国を正しく導くお方の力になりたかっただけですから」
エレナはふっと、柔らかく微笑んだ。その瞳には、ベアトリスが持っていたような打算も、ルルゥが浮かべていたような偽りの媚びもない。ただ真っ直ぐな、信頼の光があった。
今回の事件でグランスター侯爵家は取り潰しとなり、第二王子派は完全に崩壊する。事前に父上と交わした約束通り、私はエレナを、新たな婚約者――未来の王妃として迎えることになる。
「これからは、君に苦労をかけることになる。……今度は、裏切りのない道を歩みたいものだな」
私が差し出した手に、エレナはそっと、迷いなく自身の高貴な手を重ねた。
「ええ、喜んで。殿下が信じてくださるなら、私はどこまでもお供いたします、マイ・ロード」
夢に見た前世の記憶に踊らされ、現実を捨てた者たちは去った。
私は目の前の彼女となら、もう一度、信じることの価値を掴み取れると確信していた。




