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023_恋愛(棚から牡丹餅)攻略対象者の弟、2352字

 

 我が伯爵家は、一言で言えば女傑の巣窟であった。

 容姿端麗ながら厳格な母と二人の姉。そんな女性陣に囲まれて育った私は、自然と「淑女とは、知的で、礼儀正しく、凛とした存在」という価値観を叩き込まれて生きてきた。


 だからこそ、1年後。私が貴族学園に入学したとき、目の前に広がっていた光景は、おぞましいものにしか見えなかった。



 学園のサロンの中心には、元平民で最近男爵家に引き取られたという、庇護欲をそそる美少女マリアがいた。

 そしてその周りには、高位貴族の令息たちが群がり、彼女に侍っていたのだ。


 その中に、実の兄であるエドワードの姿を見つけたときは、我が目を疑った。

 兄には、親同士が決めた由緒正しき侯爵家の令嬢という、完璧な婚約者がいるというのに。


「兄上、こんなところで何をしているのですか……」


 呆れ半分で声をかけた私だったが、すぐ後悔した。

 その瞬間、男爵令嬢の大きな瞳が、獲物を見つけたかのように爛々と輝き、私を捉えたのだ。


 

 それからというもの、悪夢の日々が始まった。

 学園内で見かけられるたびに、彼女は信じられない距離感で突撃してくるようになった。


「あ、エドワードの弟くんだー! 今日もかっこいいね!」


 香水のきつい匂い、不躾にベタベタと触れてくる手、そして何より、淑女としての教育を全く感じさせない、品性の欠片もない言葉遣い。

 姉たちの爪の垢を煎じて飲ませたいレベルの無礼さだ。私は一瞬で、彼女に対してとてつもない嫌悪感を抱いた。


「……話しかけるな。私の名を呼ぶな。貴語も使えない者に、私の名を呼ぶ許可など与えた覚えはない」


 私が冷徹に、明確な拒絶の意を示しても、


「ええー? もしかして、お兄さんぶりたいの? 反抗期? かわいいーーっ!」


 ……本当に、意味がわからない。不快極まりない。

 私の言葉は一切彼女の耳に届かず、ただの「照れ隠し」や「可愛いわがまま」に変換されているようだった。背筋にゾッとするような悪寒が走り、私はその場を逃げるように立ち去るしかなかった。



 私はすぐに兄の元へ行き、詰め寄った。

「兄上、あの男爵令嬢は何なのですか。私に馴れ馴れしい態度を取らぬよう、兄上から注意してください」


 しかし、兄の返答は絶望的なものだった。

「ははは、お前にはまだ、あの子の純真で素直な可愛らしさがわからないんだな。貴族の堅苦しいルールに縛られない、あの子の癒やしがさ」


 夢見るような目で語る兄を見て、私は思った。兄はもうダメだ、と。


 私は即座に実家へ手紙を書き、次の週末に家族会議を開いた。集まったのは、父、母、そして二人の姉。そこに兄の姿はない。


「――というわけです。兄上は侯爵令嬢という素晴らしい婚約者がいながら、それを完全にないがしろにし、平民上がりの男爵令嬢に鼻の下を伸ばして侍っています。正直、あいつ……いえ、兄上は気持ち悪くて見ていられません。我が家の家名に泥を塗る行為です」


 私の報告が終わると、部屋の温度が氷点下まで下がっていた。

 二人の姉の目が、獲物を定めた獣のように細くなる。


「あら、エドワードったら、そんなに脳みそを腐らせていたの?」

「ウェザリントン家の恥晒しね。婚約者様にどれほどの不義理を働いているか、理解していないのかしら」


 母は静かに扇を机に叩きつけ、父は深くため息をついて、即座に動くことを決意した。



 それからの動きは早かった。

 高位貴族の婚約者を蔑ろにし、学園の秩序を乱した罪は重い。さらに、男爵令嬢が侍らせていた他の令息たちの実家も巻き込み、大がかりな粛清が行われた。


 マリア男爵令嬢は、最終的に遠方の修道院へと送られることが決定した。

 沙汰が言い渡されたとき、彼女は涙を流してこう言ったという。

「私はただ、みんなと仲良くお話ししていただけなのに! 悪気なんて全然なかったのに、どうして!?」


 本気で、自分が何をしたのか理解していないようだった。彼女にとってはただのお友達付き合いだったのだろう。だが、悪意がないからといって、許されるわけではない。その無知と無礼こそが、貴族社会においては最大の罪なのだ。


 そして、兄の婚約は当然のごとく破棄され、ウェザリントン伯爵家からの廃嫡が言い渡された。一族の恥として、兄は領地の片田舎にある開拓地へと追放されることになった。


「頼む、お前から父上たちに執り成してくれ! 私は騙されていたんだ!」


 すがるような目で私を見てくる兄に、私は冷ややかに言い放った。

「兄上はまだ、この状況の重さがわからないのですか? ……本当に気持ち悪い。二度と私の前に現れないでください」



 数ヶ月後、私はウェザリントン伯爵家の次期後継者として、正式に指名された。


 今、私の隣には一人の淑女がいる。

 兄の元婚約者であった、侯爵令嬢だ。彼女は兄の不誠実な態度によって深く傷ついていたが、我が家が迅速に、かつ誠実に対応したことで、私との新たな婚約を承諾してくれた。


「これからは、よろしくお願いいたしますね。……あなたのような、理性的で素晴らしい方が後継ぎになってくれて、本当に救われました」


 凛とした美しい微笑みを浮かべる彼女を前に、顔が真っ赤になったのが自分で分かる。

 私は彼女の手を取り、優しく微笑み返した。


「こちらこそ。貴女のような気品ある淑女を妻に迎えられること、心より嬉しく、誇りに思います。」


 窓の外には、突き抜けるような青空が広がっていた。

 もう二度と、あの不快な声に悩まされることもない。

 私は愛する婚約者と共に、新しい未来へと歩みを進めるのだった。


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