020_恋愛(いつか本物に)愛のない結婚からの~、1402字
「愛でなくとも、情があればよいかと思ったのです」
豪華に薔薇が咲き誇る王宮の中庭。
ついさっき婚約が調ったばかりの若き公爵 アルフレッド様の背中に向けて、私は静かに、はっきり言った。
政略結婚、それが私たちの関係のすべてだった。彼には心に決めた別の令嬢がいるという噂もあり、私に向ける態度はいつも氷のように冷たい。
アルフレッド様が足を止めて、訝しげに振り返る。その冷やかな琥珀色の瞳を見つめ返し、私はふっと微笑んでみせた。
「結婚すると決まった以上、円満とはいかなくても、せめて円滑な夫婦関係でありたいと思います。そのためにも、私はあなたをお慕いする努力をいたしますわ」
「努力、だと?」
アルフレッド様の眉が不快そうにひそめられる。愛などという不確かなものを、努力で手に入れられるとでもいうのか、とでも言いたげに。
「ええ」
私は彼へと歩み寄る。ドレスの裾が芝生に擦れてかすかな音を立てた。
「今日から始めてみようと思います。お慕いしている『振り』をしていって、いつかその『振り』が『本当』になればよいのではないかしら? 人の心なんて、案外いい加減なものですもの。」
驚きに目を見張る彼を残し、私は完璧な淑女の礼をして、その場を後にした。
それから私は徹底して努力した。
朝食の席では、彼の好む苦味の強い珈琲を絶妙なタイミングで用意させ、彼が登城する際には、まるで深く愛する夫を送り出すかのような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて見送る。
彼がどれほど冷淡な視線を向けてきても、私の『愛しい人を見つめる瞳』は微塵も揺らがせなかった。
―― すべては、私の平穏な未来のための『振り』よ
そう、自分に言い聞かせた。
数ヶ月が経ったある夜のこと、アルフレッド様は激務で体調を崩し、高熱を出して寝込んでしまった。私はその枕元で、一晩中、彼の額のタオルを替え、冷えた手を握り続けた。義務感だけではない、胸を締め付けられるような焦燥感に突き動かされて。
翌朝、差し込む光で目を覚ました私は、はっと息を呑んだ。
寝ていると思ったアルフレッド様が、私の手を握ったまま、じっと私を見つめていたのだ。
「……エレノア」
掠れた声で名を呼ばれ、私は慌てて身を起こす。
「アルフレッド様! 気分はいかがですか? すぐに医者を――」
「いや、いい。それより、お前は……」
アルフレッド様が、握られたままの私の手をぐいと引き寄せた。不意に距離が縮まり、私の胸が大きく跳ねる。
「お前はまだ、俺を慕う『振り』をしているのか?」
その瞳に、かつての冷たさはなかった。そこにあるのは、私を見抜く熱い光。
「それは……」
私は言葉に詰まった。
彼の体調を本気で心配し、胸を痛めていた自分。冷たくされても、彼が少しでも笑ってくれれば救われるような気持ちになっていた自分。
―― ああ、私はいつの間にか……
「ずるいぞ、エレノア」
アルフレッド様は自嘲気味に、酷く愛おしそうに目を細めた。
「お前の『振り』に、俺のほうが先に、本気で溺れてしまったではないか」
私の頬が、これまで演じてきたどの微笑みよりも熱く、赤く染まっていく。
仕掛けたはずの恋の罠に、いつの間にか二人して落ちていたことに、私はついに降伏せざるを得なかった。




