002_異世界_恋愛未満(あなたに会う夢)
泡沫の呼び声
「――、――」
また、あの人が私を呼んでいる。
光の粒子が舞う淡い闇の向こう側に、姿は見えないけれど、確かに愛しい人の気配がした。
目が覚めると、そこは王宮のベッドの上だった。胸に手を当て、深く息を吐き出す。
―― あなたに会う夢を見た。今週、三回くらい見た。
どれも、あなたが私を呼んでくれる夢だった。
この世界に聖女として召喚されてから、私は何一つ不自由のない暮らしを送ってきた。神殿の人は私を崇め、守護騎士である彼は、いつでも私を最優先に守ってくれた。時には痛みを伴う戦いも、泥をすするような苦労も、すべて彼が身代わりに引き受けてくれていた。
一方的に与えられ続けることは心地が良くて、私はそれに甘えていたのかも知れない。
だけど、夢から覚めるたびに残るのは、奇妙な喪失感と焦燥感だった。彼の庇護の元、温室の純潔な花としてただ守られているだけの私は、本当にここに存在しているのだろうか。
「わたしはもっと、生きていることを実感しなくてはいけなかった」
神の力に、彼の優しさに寄りかかり、戦うことも傷つくことも恐れていた。
今、心にじわじわと広がるこの虚しさが、楽をしたわたしに対する罰かと思うと口惜しい。
けれど、そう唇を噛み締めながらも、私の心はどこか冷徹に冴え渡っていた。何もかもを諦めて流されるのではなく、自分の甘えを「口惜しい」と悔やむだけの強さが、まだ自分に残っている。
そう考えられる自分は嫌いではない。
私はベッドから起き上がり、窓の外の夜空を見上げた。
今すぐ完璧な聖女にはなれないし、明日から急に強く生きられるわけでもない。私はまだ弱くて、彼の優しさに縋りたい性質のままだ。
「だから…… お願い」
届くはずのない声を、夢の残滓に向けてこぼす。
―― だからただ、あなたはそのままわたしの欲求が成す夢の中で、
わたしを呼んで、そしてたしなめて下さい。
「甘えてばかりでは駄目だ」と、その低い声で私を叱ってほしい。その言葉を糧に、私はこの世界で自分の足で立つ強さを少しずつ手に入れるから。
そして、いつか、私がこの世界の危機を払い、名実ともにあなたの隣に立つにふさわしい人間になれた、その時には。
「そして、その日が来たら。本当にわたしの名を呼んで笑って」
夜が明ける。私はドレスを纏い、部屋の扉を開けた。
廊下の先、朝日に照らされた彼が、いつものように私を迎えに歩いてくるのが見えた。




