001_異世界_恋愛未満(愛する君のために)
深い静寂に包まれた古い神殿の大広間で、アルフレッドは血に染まった剣を床に突き立て、荒い息を吐いていた。
その視線の先、漆黒の魔力に蝕まれつつある祭壇の上で、聖女であるリアナが虚ろな目をしている。彼女の胸元からあふれ出る輝きが、世界を崩壊から繋ぎ止めている代償だった。
「……もう、いいのです、アルフレッド様」
リアナのひび割れた唇から、か細い声が漏れる。
「私の命が、この世界の楔となる。それが私の運命だったのです。だから……どうか、笑って」
泣き出しそうな、それでいて全てを諦めたような彼女の笑顔。
それを見た瞬間、アルフレッドの胸の奥で、何かが弾けた。
世界が救われても、その世界に君がいないなら何の意味がある?
神が定めた運命だというなら、そんな神ごとこの世界を叩き斬ってやる。
「断る」
アルフレッドは低く、地を這うような声で言った。一歩、また一歩と、魔力の嵐を押し返しながらリアナへと近づいていく。
「な、にを……? 近づいてはダメです! 呪いがあなたまで――」
「黙っていろ、リアナ」
彼は叫ばなかった。ただ、絶対的な決意を込めて、世界を拒絶するように告げた。
「愛する君のために、愛する君をもう二度と悲しませないために
―― 俺は今日、世界を敵に回す」
「っ……!」
アルフレッドは躊躇なく、世界を封印するための祭壇へと剣を振り下ろした。
轟音と共に、神聖なる楔が砕け散る。
暴走を始める世界のエネルギー。
しかし、アルフレッドはそれすらも自身の左腕に、魔力の刻印として強引に封じ込めた。凄まじい激痛が彼を襲うが、眉一つ動かさない。
自由になったリアナの身体が崩れ落ちる前に、彼はその華奢な体を引き寄せ、強く抱きしめた。
「アルフレッド様、どうして……。これでは、あなたは世界を滅ぼす大罪人に……」
リアナの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
アルフレッドは彼女の涙をそっと指で拭い、愛おしそうに微笑んだ。
「構わない。聖騎士の肩書きなんて、君を守るための飾りにすぎないのだから」
彼はリアナを横抱きにすると、崩壊を始める神殿に背を向け、出口へと歩き出す。
「さあ、行こう。神の目の届かない、世界の果てへ。これからは俺の隣で、ただの女の子として幸せになってくれ」
聖騎士と聖女の物語は、ここで終わった。
しかし、世界を敵に回した一人の男と、彼に全てを捧げられた少女の、本当の恋の物語はここから始まるのだ。
BGMはカナタハルカで。




