011_異世界_恋愛(あなたはあなたの道を、私は私の道を)
十歳の神託の儀。小さい頃から泣き虫だったフィンが授かったのは、国に数人しかいないと言われる剣豪のスキルだった。
それで領主様の目に留まり、彼は直属の騎士になるため、村を離れて領都へ行くことが決まった。
旅立ちの朝、フィンは私の両手を強く握りしめて泣きながら言う。
「十八歳になったら迎えに来る。だから、絶対待ってて」
その言葉だけを胸に、私は村で、彼の隣に立つために薬草の知識を学び、日々を過ごした。
だけど、十五歳の冬、領都からやってきた商人たちが、噂しているのを聞いてしまった。
「領主様の娘のセリア様と婚約された直属騎士のフィン様ってこの村出身なんだろう?まさに英雄と美姫、お似合いの二人だよ」
体が固まった。
ただの噂だ。そう自分に言い聞かせたけれど、不安は消えず、私の心にくすぶっていた。
春になって、十六歳になった私は一人で旅立った。親に告げた行先ではなく領都に。
どうしてもこの目で確かめなくてはいけなかった。
そして、期待と諦めを胸に着いた領都で私が目にしたのは、悲しい現実だった。
記憶にあるよりずっと大きくなったフィンが、華やかな仕立ての鎧をまとい、美しいドレスを着たかわいい少女と並んで歩いていた。何事かをつぶやいた少女に、フィンが穏やかな優しい笑みを返していた。
その笑顔は、かつて村で私に見せてくれていたものと同じだった。
「本当だったんだ……」
もう、隣に立つのは私ではない。
こみあげる涙を、奥歯を噛み締め飲み込んだ。泣いてすがるような真似はしたくない。
私はその日のうちに荷物をまとめ、翌朝、誰にも何も言わず領都を去った。
―― 私が来たことは知らなくていい
大丈夫、ひとりでも生きていける
フィンはフィンの道を見つけただけだ
私は私の道を見つけよう
次に会えたとき、自信を持ってあなたの前に立てるように
そう心に誓い、私は国境を越えた。
それから数年の月日が流れた。
私は一昨年隣国の迷宮都市に身を落ち着け、スキルを活かして調薬師として働いていた。
私が作った苦みの少ない鎮痛剤は老人でも子どもでも飲みやすいと評判になり、今では一人前の職人として生活を送っている。
そして、二十歳になったある日、私が働く店に、激しくドアベルを鳴らして入ってきた客がいた。
「すみません、今、急ぎの調薬をしていて――」
振り返った私の視界に飛び込んできたのは、見間違うはずもない青年だった。
「やっと見つけた……! なんで黙っていなくなったんだ!」
驚き呆然とする私を抱きしめ、彼は必死に捲し立てた。
「いくら手紙を出しても全然返ってこないし、十八になって村に迎えに行ったら、ルルはその二年前にいなくなったっていうし……。死に物狂いで探したんだぞ!」
あの時の婚約の噂は、フィンの出世を妬む人を牽制するために流した偽装の噂だったのだと。セリア様には他に想い人がおり今はその人と結婚していると、必死な顔でフィンは言った。
「俺と結婚するって約束したじゃないか…」
フィンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。あの【剣豪】と恐れられる騎士が、子どもの時のように泣いている。
「ごめんね、信じてあげられなくて。私、自信がなかったの。」
私はそっと、フィンの頬に手を伸ばし、その涙を拭った。
二年前の私は、自信がなくて、ただ逃げ出すことしかできなかった。
けれど、今の私は違う。自分で生きていける力をつけ、誇りを持ってここに立っている。
「ちゃんと、迎えにきてくれて、ありがとう」
すれ違った年月は、私たちを自立した大人にした。
一人でも生きていける。だけど、二人なら、きっともっと幸せになれる。
私は強く、フィンを強く抱きしめ返した。
―― でも、迎えに待ってるって言ったけど、結婚するなんて言ったかしら…?




