010_異世界_失恋(姉の彼氏)
卒業式のガウンを翻し、私は一目散に家に帰った。
胸の奥には、卒業証書よりも重い、決意が詰まっていた。
学園の三年間、ある人に片思いをしていた。彼が教える歴史の教科だけは、どんなに徹夜をしてでも学年1位の座を死守した。すべては、よく頑張ったねと、あの優しい声で言ってほしかったから。
―― 卒業したら、告白しよう
そのため、一度家に帰って、着替えをして。
そう考えながら、息を切らして帰った王都のタウンハウス。
そこに待っていた景色は、私の未来予想図を木端微塵に打ち砕くものだった。
応接室のソファに並んで座っていたのは、大好きな姉と、恋焦がれた先生だった。
「お帰りなさい、エレナ。驚かないで聞いてね。彼、我が家に婿入りすることになったの」
姉の嬉しそうな声が、鼓膜をすり抜けて遠くへ響く。
在学中、周囲から「贔屓している」と邪推されないよう、二人の婚約は私を含めた全員に徹底して伏せられていたのだという。先生の私への優しさは、ただの「未来の義理の妹」への親愛に過ぎなかった。
数ヶ月後、王都の教会で二人の結婚式が執り行われた。
純白のドレスに身を包んだ姉は、世界で一番美しかった。その隣で、世界で一番幸せそうに微笑む、かつての先生。
「お姉ちゃん、おめでとう。幸せになってね」
―― 絶対に泣かない
そう心に決めて、私は笑顔の仮面を張り付けた。お祝いの拍手に手のひらを赤く染めながら、私は胸の中で、ぎゅっと自分の心を抱きしめる。
―― いまは涙しかでなくても。
明日になれば、きっとこの渇いた心にも、新しい風が吹くはずだ
そう、自分に言い聞かせた。
だが、前を向こうにも無視できない、大事な問題があった。
先生が『婿入り』するということだ。つまり、これから先、同じ屋根の下で二人の甘い新婚生活を毎日見せつけられることになる。
――さすがにそんなの、荒療治が過ぎるわ……!
一刻も早く相手を見つけて、この家を出よう。
そう決意した私に、友人が素晴らしい報せを持ってきてくれた。
「エレナ、王宮で住み込みのメイドを募集しているみたいよ。あなた学校の成績よかったし、お家の推薦があればいけるんじゃない?」
「住み込み……! それ、最高じゃない!」
王宮といえば、国中のエリート騎士たちが集まる場所だ。真面目で、強くて、頼りがいのある騎士様。彼らと顔見知りになって、あわよくば恋に落ちて、そのまま結婚して家を出る。
―― 我ながら現金だけど、最高に前向きな計画だ
夜、自室のベッドに寝転びながら考えた。
恋を失った痛みはまだ消えないし、これから始まる新しい生活への不安もある。王宮の仕事だって、きっと楽じゃない。
だけど、不思議と絶望はしていなかった。
「よし。うまくいかなくったって大丈夫」
ベッドの上でむくりと起き上がり、両手を頬に当ててパンッと叩く。
息を深く、吸って、吐いて。
失恋したくらいで、私の人生が終わるわけじゃない。
どうにでもなる。どうにかなる。
私は明日、王宮メイドの面接へ行くための、一番上品なドレスをクローゼットから選び出した。新しい恋と、私だけの未来を、今度こそこの手で掴み取るために。




