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Alice Lee 短篇集 涙腺の綻び  作者: Alice Lee


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第七話 帰りを待つ ただただ信じて




農村の田んぼの中を走る町道にバスが一台。



標識だけのバス停にはめかし込んだ若い女性と小さな女の子。



バスの乗車口が開くと同時に若い女性は女の子の小さな手を離し乗り込むのだった。



いつもと同じだがいつもとは違っていた。



「お母ちゃん、早く帰ってきてね」



ドアの窓越しに若い女性は笑顔で頷くと手を振り席へと向かう。



席に着いた女性は窓の外から視線を外し俯くと涙を流すのだった。



ひと言、ごめんね、と。



走り去るバスの後ろ姿に、小さな女の子は見えなくなるまで手を振り続けるのだった。




バスの便は一日三回。



夕方の六時を過ぎれば次は翌朝の七時である。



蛙が鳴く田んぼの畦道を通り、小さな女の子は拾った小枝を振り回しながらバス停へと向かう。



大好きな母親をバス停で出迎える為だ。



温かなその胸の中に、ギュッと抱き締めて貰いたかった。



いつもそうしてもらっていたし、安心出来た。





バスが来た。



だがおかしい。



そのまま素通りしてしまう。



母親の姿はバスになかったのだ。



女の子は考える。



必死に考える。



お母ちゃんドジだから、きっとバスに乗り遅れたんだ、と。



前にも一度、確かそういうことがあったなと思い起こし、祖母が待つ家へと戻るのだった。



女の子は心の奥が苦しかった。



色々な考えが頭の中を過ぎり、最悪な考えだけは当たらないようにと天に祈った。




家に着くなり親類の叔母さんが訪ねて来ており、小さな女の子に対して「なんでアンタがまだこの(うち)にいるんだい」、と険悪な形相で問い詰めるのだった。



祖母が、「この子に罪はないんだからおよしよ」、と庇うようにして女の子を家に入れると、まだ言い足りないとばかりに詰め寄ってくる叔母を追い返しドアに鍵を掛けるのだった。



女の子はその夜、母親がバスに乗っていなかったこと、きっとバスの時間に間に合わなかったのだろう、と夕ご飯の席で祖母に聞かせるのだが、夕食が二人分しか用意されていない事に気付き不安で押し潰されそうになってしまう。



祖母も神妙な面持ちでこのように告げるのだった。



「お母ちゃんにもね、きっと事情ってもんがあるんだよ。なぁに、心配いらないさね。そのうち戻ってくるだろうから、それまではこのバァバをお母ちゃんだと思って甘えていいからね」




女の子にも分かっていた。



分かってはいたが信じようとはしなかった。



大好きな母に、捨てられてなんかいないと。





翌朝、昼、夕方、バス停へと向かい、家に戻る。



それを毎日繰り返した。



毎日毎日、小学校にあがるその歳まで、バス停に通い続けた。




祖母も見ていて辛かったのだろう。



バス停へと向かおうとする女の子を後ろから抱き締め、「いい子だからもうおよし。アンタの母親は戻ってきやしないよ。もう、諦めな」、と溜めていた涙を溢れさせながら必死に説き伏せようとするのだった。



しかし女の子は祖母の腕を振り解きバス停へと向かうのだ。





台風が来る大雨の夕方、傘を二本持った女の子は増水した川を横目にバス停へと向かう。



女の子を引き留める祖母の姿は無かった。



誰もいない家屋の中で、町営放送の有線スピーカーからアナウンスが流れていた。



大雨により河川上流の堤防が決壊したので、下流の住民は直ちに高台に避難するようにとの避難勧告であった。





女の子の姿はバス停にあった。



あれだけの激しい暴風雨が嘘のように晴れ渡り、空の太陽はギラギラと照りつけていた。



目の前のバス停には、毎日目にしていたバスが止まっており、そのドアから一人の乗客を下ろすのだった。



女の子は傘を投げ出し走り出す。



膝を曲げ低く屈んだ女性は両腕を大きく広げ女の子を迎えるのだった。



温かい胸の中で女の子は囁く。




おかえりなさい、と。




濁流となった河川に時折見え隠れする傘と長靴は、やがてその姿を消すのであった。







終わり




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