第八話 献身
五歳になる娘も、今年は保育園の年長さんだ。
去年出来ていなかった事も今では出来るようになり、褒めてやると彼女の口癖は決まって「だってお姉ちゃんだもん、偉いでしょ」、と白い歯を覗かせ満面の笑みで私を見上げてくる。
でも、我が子の成長を感じながらも出来ていないことへの不安も感じていた。
娘はいつもご飯が進まずおしゃべりとテレビ画面に夢中になってしまう。
早く食べなさい、と注意をすると大きな声で「はい!」と返事をするのだけれど、ぬいぐるみに話し掛けてご飯を食べさようと遊んだりしてしまう。
どうしていつもこうなのだろうと悩む毎日。
保育園の先生に給食はどうかと尋ねてみたら、「一人で頑張って食べていますよ。時間は掛かりますけど問題ありません」、との回答。
いつしか夕飯を食べずに遊びに夢中な時は、「家では食べないんですよって先生に電話しようか」、が私の口癖になっていた。
パートが終わり娘を迎えに行く時間はだいたい夕方の四時過ぎと決まっていたが、その時間になっても娘はおやつを食べていることが多くなった。
他の子供達はとっくに食べ終え、園庭の遊具で遊んだり追いかけっこをしたりと楽しそうに過ごし親の迎えを待っている。
教室の中をそっと覗くと、娘は背中を向け椅子に座り、まだおやつを食べていた。
私に気がつくと、急いで口に押し込み後片付け。
「また食べないで遊んでばかりいたんでしょ」、と尋ねると、「そんなことないもん」と不貞腐れる娘。
私の苛立ちは表情に現れるようになっていた。
迎えに来てまだ食べていると、「早くしなさい」が私のもうひとつの口癖になってしまった。
また別の日、娘を迎えに行くとやはり娘は一人教室に残っておやつを食べていた。
私が早くしなさいと声を掛けようとしたところで、一人の先生が止めに入る。
きっと私の険しい顔を見て、何を感じているのか悟ってくれたんだと思う。
「お母さん、急ぐ気持ちも分かるのですが、もう少しだけ待ってあげて貰えませんか」
先生の言い分は理解しているつもりだ。
自立心を養う為にも自分で考え行動させることは娘にとっても大切な学びだ。
分かってる。
でも、毎日のこの繰り返しに私は娘のことが心配でならない。
来年の春には小学生だというのに、周りの子達に置いてかれないかとつい考え込んでしまう。
なんでよ。
なんでうちの子だけこんなにノロマなの。
もっと厳しくしないといけないのかな……。
「先生、うちの娘はどうしていつもこんなに遅くなるまで食べているんですか? おしゃべりばかりで遊んでるんじゃないですか?」
そのように問い質したとき、先生の表情は柔らかく笑みを浮かべ、食べるのが遅くなる理由をそっと教えてくれた。
私は聞かされたその理由に、涙がこぼれ落ちそうになってしまった。
おやつの時間は下のクラスの子達も一緒に机を並べ食べているそうで
中には泣くじゃくる子や自分で食べようとしない子達もたくさんいるとのこと。
娘はそんな子達の隣に座り、自分が食べるよりも先にその子達の面倒をみたり、おやつを食べるお手伝いをしているんだとか。
その子達が食べ終えたのを確認してから、やっと自分も口に運んでいるのだそう。
私はそんなこと教えてない。
でも娘の中では優しい心が育っていたんだと、胸の奥が苦しくなってしまった。
ごめんね。
あなたはノロマなんかじゃなかった。
誰よりも優しくて、それがあたりまえに出来る素晴らしい娘よ。
お母さんが間違ってたわ。
私の娘でいてくれて、ありがとね。
大好きだよ。
両手を広げた私の胸に、おやつを押し込み頬を膨らませた娘が飛び込んでくる。
「えへっ、また遅くなっちゃった」
いたずらっぽく笑う娘に、私は強く抱き締め頭を撫でてやった。
終わり




