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Alice Lee 短篇集 涙腺の綻び  作者: Alice Lee


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第五話 パンとチョコレート




ワシは小さな商店を営んでいるのじゃが、ここ数年前から大手スーパーが乱立した事で店の売上も右肩下がりに落ち込む一方じゃった。



まぁ、ワシもいい歳だからそろそろ店を畳んで隠居生活も悪くないか、と思い始めていたんじゃ。



だがね……まだ暫くは店を続けたいと思うようになったんじゃよ。



子のいないワシら夫婦がこの店を始めてかれこれ五十年……。



その妻もここ最近は物忘れが激しくなり、酷い日にはワシのことも何処の誰だか分からないときたもんじゃ。



「おはよう」、の代わりに「何処のどちら様?」、で始まりを迎える朝もあった。



認知症、というのだそうじゃ。



そのせいで妻はまだ自分のことを二十代だと思い込んどる。



二人にとって忘れられない出来事でさえ、忘れてしまっとるんじゃ。



当然、施設に入れることも考えはしたが、長年連れ添った愛する妻だ、傍にいてワシが面倒をみてやらねばと現在(いま)に至る。



幾らになるか分からんが、この店を売ってボロアパートにでも引っ越そうとも考えたのじゃが、この歳での賃貸契約は難しいとも言われた。



まぁどうせ老い先短い身寄りの無い二人だ、その日を食っていけるだけの僅かな蓄えがあれば、他には何もいるまい。



そう考えていた矢先じゃった。



小さな男の子がほぼ毎日、店に煙草を買いに来るようになったんじゃ。



どうせろくでもない親が我が子に金を握らせ使いに出したのじゃろうて。



と思っていたんじゃが、その子の顔を見た瞬間に胸が張り裂けそうになった。



その子の顔はアザだらけで、見れば小銭を握り締めているのじゃろうその小さな拳には、いくつもの火傷の痕があった。



その子は震えるような怯えた声で、「父ちゃんが……煙草を……買って来いって……」、と握られた拳を開き小銭を差し出すんじゃ。



勿論、未成年の客に煙草を渡せるわけがない。



だがワシは、その子に煙草を渡し、次来る時は父親を必ず連れて来るよう言い聞かせたんじゃ。



もしワシが煙草を渡さなければ、おそらくその子は家で暴力をふるわれていたじゃろう。



翌日、その子は一人だけで店に来た。



その次の日も……。



問題はそれだけではなかった。



暫く経つと、店の棚から商品が消えるようになったんじゃ。



無くなるのは決まって、菓子パンとチョコレート。



知っていた。



その子が、物欲しそうに陳列棚を眺めていたことを。



警察に通報することは簡単だが、ワシは思い悩む。



ひょっとしたら、この子は家でろくに食べさせてもらっていないんじゃなかろうか、と。



児童相談所への通報も考えはしたが、虐待を受けている証拠はない。



暫く様子を見ることにしていたんじゃが、ある日のこと珍しく妻が店先に顔を出したおり、丁度その子がパンを懐にしまい込むところを見てしまった。




「ごめんなさい……お腹が減って、つい盗んじゃいました。お願いします……どうか許して下さい。父ちゃんにだけは言わないで下さい! なんでもしますから! お願いします!」




その子は頭を下げ泣きながら謝ったんじゃ。



妻は怒りはしなかった。



その子を店の奥に招き入れ、「遅かったじゃないか、何処ほっつき歩いてたんだい。事故に遭ったんじゃなかろうかと心配したんだからね。夕飯なら出来てるから早く手を洗ってきて食べな」、と食事をすすめたんじゃ。



実はワシと妻には息子がいたんじゃが、もう随分と昔に事故で亡くしてしまってね。



妻は記憶の障害から亡くした我が子と思ったのかも知れん。



或いは、知っていて……。



夕飯を三人で食べた後その子を風呂に入れてやり、ワシは菓子パンとチョコレートを渡して家に帰したんじゃよ。



次の日から毎日、煙草の代金を貰う代わりに「親にバレないよう帰りの道中で食べな」、とパンとチョコレートを手渡すようになった。



ワシは店を畳むのを止めた。



せめて、あの子が一人で生きていけるようになるその日までは、この小さな店を続けて行こうと思う。



妻も、あの子が居ると嬉しそうに笑うしな。



さぁ、今日はあの子の大好きなチョコレートを沢山仕入れないとな。



おわり

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