第四話 宝物
僕の靴はボロボロで、穴が空いてるから雨の日は大嫌いだ。
歩く度にピカピカ光って、薄暗い夜道を父と手を繋ぎ歩くのが大好きだった。
もう光らなくなって随分と経つけど、僕はこの靴以外を履こうとは思わない。
母もよく分かっているから新しい靴を履かせようとはしない。
買ってはいるんだけど、靴箱の奥の奥にしまったままなんだ。
実は僕、クラスメイト達からイジメにあっている。
汚い靴、くたびれた服、見た目がみずぼらしいというだけで、トイレに連れて行かれ腹を殴られたり、水を浴びせられたり、授業中には背中にマジックで落書きされたりと、なんてくだらない事にコイツらは没頭しているんだろう。
僕が泣いたり、逃げ出したり、先生に泣きついていかないものだから、いい気になって面白がっているんだと思う。
きっとコイツらなら、道端に捨てられている子犬を見ても、平気で石を投げつけるんだろうね。
イジメが始まった最初の頃は先生に相談もしたんだけど、友達同士の単なる悪ふざけだからあまり気にするな、って。
だけどね、僕は何をされようとどうだっていいんだ。
家に帰れば大好きな母がいて美味しい晩御飯を作ってくれる。
勉強だって分からないところは優しく教えてくれるんだ。
そして毎週日曜日には、母と二人で父に会いに行く。
僕は父に学校であったこと
母に褒められたこと
新しい歯が生えたこと
イジメにあっていること以外なら何でも話をした。
でもね、父は何も言わないんだ。
母と僕はいつも、寂しさを胸に家路に着く。
ある雨の日の放課後、下駄箱から僕の大切な靴が消えていた。
何処を探しても見つからない。
慌てて走り回る僕を見て、クラスメイト達は嘲笑っていた。
気の弱そうな一人の生徒が、黙ったまま校庭の隅にある焼却炉を指差していた。
僕は裸足のまま駆け出し、火傷することもお構いなしに熱く焼けた鉄の扉を素手で開けた。
中には、黒く焦げ燻っている塊が二つ。
それは、僕が世界で一番大切にしていた例の靴だった。
その日の夕刻、母は校長室に呼び出され、僕がしでかした事について何かしらの弁明はないかと問いただされるんだ。
母は僕を叱ることなく、校長先生に謝るでもなく、僕を抱き締め褒めてくれたんだ。
「今まで、よく我慢したね。私に心配かけまいと一人で抱えてたんだね。偉いね。きっと……お父さんも褒めてくれると思うよ」
校長先生は母を責める。
それが他の生徒達に怪我を負わせた子に言う言葉ですか。親ならば厳しく我が子を叱責し、怪我を負わせた御家族皆に頭を下げに行くべきではありませんか、と。
母はそんな校長先生の顔に唾を吐き捨てると、無言のまま僕の手を引き校長室を後にする。
靴の無い裸足の僕を背負うと、傘を差し自宅へと歩いて帰るんだ。
その足どりは重く、小さな母の背中は小刻みに震えていた。
きっと、母は泣いていたんだと思う。
自宅に帰ってからの母はいつも以上に笑顔を振りまき、僕の大好物のオムライスを作ってくれた。
世界中のどんなオムライスよりも美味しい、大好きな母のオムライスは、いつもより少しだけしょっぱかった。
翌朝、母は僕を休ませると「お父さんのとこ行こっか」、と手を差しのべる。
母が買ってくれていた真新しい黄色い靴に、僕はそっと足を入れ手を繋ぐ。
サイズはぴったりだった。
父のところへ向かう途中、いつもの店で花を買い、父の大好きなコロッケを三つ買うんだ。
父の前で、僕はコロッケを差し出しながら謝る。
「お父さん……ごめんなさい。買って貰った、大切な思い出の靴を、失くしちゃったんだ……」
父は何も言わない。
そんな僕を、母は背中からギュッと抱き締めてくれた。
僕の目から涙が止まらない。
会いたい。
もう一度、大好きな父に褒めて貰いたかった。
頑張ったな、って。
でも分かってる。
もう会えないってことくらい。
だって、目の前のお墓の中で眠っているんだから。
それでも、願うならばもう一度だけでいいから会って伝えたい。
もう大丈夫だからね、って。
優しくて温かい風が僕の頬を撫でる。
父が、会いに来てくれたのかな。
あれから一年。
僕は使い古した黄色い靴を履き続けている。
もう少しで穴が空きそうだけど、母が買ってくれた世界に一つだけのこの靴を、僕はまだまだ履き続けようと思うんだ。
だって、宝物だからね。
終わり




