第6話 『師匠』
エリナは、一際大きいその家のドアの前に立ち、コンコンコン、と一定のリズムでドアを叩いた。
「エドガーさん、いるかしら」
エドガー。村長の名前だろうか。
仲がいいのかな。
「おう、空いてるぞー」
「フィル、行きましょうか」
「え、うん」
こんなでかい家。何用で連れてこられたんだろう
入ってみると、中は意外と質素だった。
村で一番大きい家だから、もっと豪華だと思っていたが、そんなことはない。
木でできた机や椅子。
長年使い込まれたように見える杖。
それと本棚くらいだった。
細かいものもあるが、基本はそれくら……
……本棚?
本棚だ!本があるぞ!
もしかしてエリナは、本を読ませてくれようとここへ連れてきたのだろうか。
あとでいっぱい読ましてもらおう。
あ、文字読めないや。
「エドガーさん、きたわ」
「おう、エリナ。久しぶりだな」
「そしてお前が、フィリアンか」
エリナが親しそうに話してるのは、豪快さを感じさせる、でもムキムキってほどでもない、そんな印象を受ける気の良さそうなおじさんだった。
「うん、おっちゃん」
こういうタイプは、敬語よりも生意気に接する方が喜ぶはずだ。
「はっ、おっちゃんか。お前の親父と、あんま変わんねぇんだが」
「おっちゃん!」
「じゃあ、こいつに魔法を教えればいいんだな?」
なんと!魔法が得意な知り合いって、村長だったのか。
「ありがとう、エドガーさん」
「ほら、フィルもお礼を言って?」
「ありがとー」
「ふふ、よく言えました」
「じゃあ、私は少し家のことをしてくるわ。フィルのこと、お願いね」
「おうよ」
「夕方には迎えにくるわ」
「わかってるって」
「フィル、エドガーさんの言うことちゃんと聞くのよ」
「はぁい」
これでついに魔法を使えるようになるんだ。ぐへ、ぐへへへ。
「よーし、フィリアン。まずお前には──」
魔法だー!やった!ついに魔法の使い方を教えてもらえるんだ。
「──勉強をしてもらう」
「え?」
なんだと?
「まほーは?おっちゃん。まほーは?」
「魔法はまだだ。お前みたいなガキにはまだ早ぇ」
「なんで?」
「なんでってなぁ……」
はぁ、とエドガーは呆れたようにため息を吐く。
「お前は、魔法の仕組みも知らず、魔法を使う気か?いいか、フィリアン。魔法ってのは雑に魔力を流して使えるもんじゃねぇんだよ」
やっぱ適当じゃダメなのか。
ところでこいつ、レオンとそう変わらないと言ってたくせに結構老けてんな。
おっちゃん呼びはおっちゃんに失礼か。
「わかった、じじい。でも、べんきょーなにする?」
僕はエドガーをおっちゃんと呼ぶのはやめ、じじいと呼ぶことにした。
「…お前、さっきまでおっちゃんって呼んでたよな?」
「うん!」
「…なんでジジイになった?」
「ふけてるから!」
細かいことを気にするやつだなぁ。
「おい………よし、フィリアン。これから俺のことは師匠と呼べ」
「ししょー?」
「そうだ。俺はお前に魔法を教える。つまり弟子をとるんだ。弟子のお前は、師匠のことを敬うべきだろ?」
(師匠……!)
「わかった、ししょー」
師匠……!独学で学ばないとと思ってたが、師匠。師匠かぁ。
魔法を教えてくれるなら、こいつを敬うのもやぶさかではないな。うん、そうだな!
「じゃあ、まずはその椅子に座れ」
そう言いながら、師匠は机の近くにある椅子を指差した。
「わかった」
「んー、んー」
……高いな。これ子供用じゃないだろ。
「ししょー、たすけて」
「はぁ」
わざとらしくため息を吐いた師匠は、嬉しそうな顔をしたまま、僕を椅子の上に座らせた。
「落ちるなよ」
「ありがとー」
師匠は意外と、子供とか好きなのかな。奥さん見当たらなかったけど……
「魔法について教える前に、お前には幾つか質問に答えてもらう」
これから、最終面接を始めます、とでも聞こえてきそうな顔つきだ。
「よし、じゃあまずフィリアン。魔法ってのはなんだと思う?」
なんだその質問は。魔法は魔法だろ。
「んー、まほーは、まほー」
「そうだ。魔法は魔法だ」
それならなんで訊いたんだ?
「じゃあ次だ。魔力ってのはなんだ?」
魔力。やっぱりあったのか。いつも感じてたあれは、やっぱり魔力なんだろうな。
でも、何かと訊かれれば、答え難いな。
「まりょく………わかんない」
答えは、出なかった。
まあ仕方ないだろう。この世界の知識については乏しいのだから。
「そうか」
「じゃあ最後だ」
え?答えは?教えてくれないの?
「お前は、何の為に魔法を使う?」
「たいせつなひとを、まもるため」
真剣な表情をしたのは、この質問をする為だったのだろう。
だから僕も、真剣に答えた。
それは、魔法の存在を知った時、魔法への憧れとは別に考えたことだった。
「……そうか。じゃあこれから、お前に魔法を教える」
真剣な表情をしていた師匠は、僕が答えると、強面には似合わないような明るい表情をした。
どうしてそんな質問をしたのかはわからないが、どうやら師匠は、僕のことを認めてくれたようだ。
「はいっ!ししょー。おねがいします」
師匠は笑顔を引っ込め、真面目そうな顔をしながら言う。
「よし、じゃあまずはお前に魔法とは何かを教える。いいな?」
「わかった!ししょー」
これでついに魔法を習えるんだ。
「ではまず、魔法の発動の仕方についてだ」
魔法の発動。それは昔やってみた感触からすると、おそらく詠唱と魔法陣の2パターンで発動するだろう。
「魔法の発動の仕方は1つだ。それは、詠唱をすること。詠唱によって魔法の発動を制御するんだ」
1つ……?詠唱だけ?魔法陣は?
「ししょー、まほーじんは?まほーじんでも発動しないの?」
「まほうじん……?なんだそれは。そんなのは聞いたことねぇぞ」
師匠は、何を言ってるのかわからないとでも言いたげな顔で言った。
「え……」
じゃああの時発動したかに思えた風魔法は、ただの自然風だったと言うことなのか………
「そのまほうじん?ってのが何かはわからんが、詠唱以外の方法で魔法を使う手段ってのはねぇ」
まあ魔法自体は詠唱をすればできるんだ。何も魔法陣で発動することにこだわる必要はないだろう。
「いいか?話を戻すぞ。魔法を発動するには、魔力を全身に巡らせた状態で、詠唱をし、術式を作り出すんだ。そして術式が完成したら、魔法を発動したい箇所に魔力を集めるんだ。」
「むずかしぃ」
「そうだな……ただ詠唱をするだけでは、魔法は使えないんだ。魔法を使いたいなら、魔力をうまく使う必要があるって訳だ」
なるほど。魔法を発動したいなら、詠唱をするだけでなく、魔力をコントロールする必要があるのか。
あれ?そういえば魔力ってのはどう言うものなんだ?魔力を巡らすなんてできるのか?
「ししょー、まりょくってのはなんなの?」
「あっ」
さてはこいつ、忘れていやがったな。
「こほん、そういえば説明してなかったな。でも、お前は魔力を感じれるんだろ?」
「でも、わかんない」
「そうか。まあその年で魔力を感じれるのでも、かなり優秀な部類だしな」
師匠は、近くにあった紙を手繰り寄せ、簡単な絵を描いた。
「ん、へたくそ」
「うるっせぇガキだなぁ」
自分でも下手だと思ったのか、そう言ってすぐにその紙をくしゃくしゃに丸め、ポイっと投げ捨てた。
「いいか、魔力ってのはな」
そして、何事もなかったかのように説明を再開した。
「魔力ってのはな。量の大小はあるが、全ての生物が持っているものだ」
全ての生物が持っているのか。ってことは植物とかにもあったりするのか?
「くさとかにもあるの?」
「ああ、ある」
あるのか。ってことは葉っぱに寝込みを襲われて気付かぬ間にぽっくり、なんてこともあったりするのだろうか。
「でも、植物は動けないからな。ほとんどの植物が魔法は使えねぇ」
よかった。その心配は必要なさそうだ。
「わかった」
「そうか。そんな植物でも持ってる魔力を使う技術がある」
さっき師匠が言ってたな………
「まりょくを、めぐらす?」
「そうだ。魔力を操って、全身に巡らしたり、魔力弾を打ち出すようなことを、魔力操作と言う」
「まりょくそーさ!ぼくにもできる?」
「お前はまだできねぇだろ。もうできてたら師匠なんていらないな」
まだ試してないからわかんないじゃん。
異世界特典とかでできちゃうかもしれないじゃん。
「そしてもう一つ。これはお前はもうできてるな。魔力を感じたり、魔力の位置を把握することを、魔力探知と言う」
魔力ってのは、ただの燃料ではなく、いろんなことができるんだな。
「じゃあ次は、魔法について───」
その時、こんこんこんと、一定のリズムで扉が鳴った。
「エドガーさん、フィルを迎えに来たわ」
窓を覗くと、空の色は茜色に染まっていた。
「すっかり熱中しちまったぜ。弟子なんて初めてだもんな」
師匠の顔は、心なしか残念そうに見えた。
まだ出会って半日も経ってないのに、随分と名残惜しそうだ。
「半日もありがとう、エドガーさん。ほら、フィル帰るわよ」
「えーもうかえるの。とまってべんきょーしたい」
くそう。いいところだったのに。
「だーめ。帰るわよ、フィル」
有無を言わさぬ、とでもいいそうに、エリナは僕を抱き上げた。
「はぁーい」
「またいつでもこいよ、フィリアン」
そう言って師匠は、僕の頭をぐりぐりと撫でた。
ちょっと痛かった。
「ばいばーい、ししょー」
そうして、弟子入り1日目は、母という強き者の手によって、いいところで中断された。
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