第2話 『フィル』
目を覚ます。
眠りについてからどのくらい経ったんだろうか。
赤ん坊に転生してから、時間は昼か夜くらいしか分からない。
それでも視界は、以前よりかは幾分か鮮明になって、周りが少し見えるようになってきた。
もっとも視野が狭いことには変わりないし、体は思うように動かない。
言葉も分からないし、十分に話すこともできない。
やることといえば、寝ることと考えることくらいだ。
それくらいしかしていないのに、なぜかそこまで退屈はしていない。
目新しいことばかりだからだろうか。
ともかくここ数日この家で過ごしてきた中で、わかったことがいくつかある。
「───、フィル───」
まず、俺の名前はフィルで間違いないようだ。
生まれてきた時にいた男女が何度も言っていた。
「あう、うぅう」
発達しきっていないせいか、うまく言葉を出すことはできない。
声を出そうとしたら音は出るので、名前を呼ばれたら声を出すことにしている。
「──────!」
俺が声を出すと、この女性はとても嬉しそうな声を出す。
この人はおそらく俺の母親だ。
明るめの茶髪と、琥珀色の瞳を持っている。
彼女はよく笑う。
俺は、彼女の笑顔以外の表情を見たことがない。
「──────」
銀髪で雪のような白銀色の瞳をした男性が、父親だろう。
この人はあまり笑ったりはしない。
だからと言って俺に対して酷い扱いをしたりすることもない。
俺を抱き上げる時、まるで花や蝶を扱うかの如く優しく触る。
前世ではもう成人もしているのに、こんな扱いを受けるのは少し気恥ずかしい。
でも嫌な気持ちはなく、嬉しくすら思う。
二人とも俺にとって馴染み深い日本人のような容姿はしていない。
少なくとも俺も知っている日本ではない。
それだけは確かだった。
知らない土地だからといって、不安な感情を抱くことはなかった。
それは、二人が俺を大切にしてくれているということが伝わってくるからだ。
前世では親を拒絶してしまった。
だからだろうか。こんなふうに愛情を向けられると、少しだけ胸が痛む。
そしてもう一つ。
赤ん坊の体というのは、本当に不便だ。
言葉をうまく話せない。音として発することしかできない。
自らの意思では動けない。前世から考えると、まるで自分の体じゃないみたいだ。
そして自らの意思で動けないということは、括約筋も機能していないことを意味する。
つまり──
「びぇえー、ふやぁああ」
「──────」
母よ。そんなさも当然かのように、オムツを替えないでおくれ。
恥ずかしいから。
「あぅ……」
「──────」
母は何かを言って、にっこりと微笑んだ。
そこに俺を責める意は含まれていない。
だからこそ恥ずかしいというのもあるが……
とはいえ、赤ちゃんとは、泣くか、飯を食うか、漏らすか、寝るしかない。
とにかく娯楽が少ないのだ。
前世のように、漫画やアニメを見て、魔法に憧れを抱くなんてのはできない。
絵を描くこともできない。
だからその分だけ考える時間が増えた。
どうしてああなってしまったのかとか。
何がいけなかったのかとか。
自分の好きなタイプとか。
神はいるのかとか。
死んだらお化けに──
ふざけるのはこれっきりにして、必死に考えた。
脳みそをぶん回し続けた。
その結果、結論が出た。
神なんてのは存在しないのだ。
じゃなかった。きっと前世の自分は、ダメだったのだ。
何がダメだったのか。それはひとつだ。
性格。性格が悪かったのだろう。
自分はできるから他の人もできて当たり前。
きっと俺には、そんな考えが根底にあった。
そんなところが透けて見えたから、嫌われたのだ。
親を拒絶してしまったんだ。
でもここはもはや異世界と言えるほど、環境が違う。
親は違うし、そもそも赤ん坊だ。
文字通りニ度目の人生だ。
過去の自分とは決別しよう。
もう二度と同じ過ちを繰り返しはしない。
もう俺は、いや、僕は『フィル』だ。




