第1話 『生誕』
ここはどこだろうか。
目を開けようとしても、上手く開かない。
何があったのかあまり思い出せない。
……いや、俺は確か、公園のベンチにいたはずで……
もしかして、死んだのか?俺。
そうなら、ここは死後の世界か。
父さんと母さんは今頃何しているのだろうか。
俺が死んで、何か迷惑はかけていないだろうか。
それに、あの子供はどうなった?
無事に家に帰れただろうか。
そんなことを考えていたら、声が聞こえた。
「──────」
日本語ではない。
英語でもない。
多分、中国語や韓国語でもない。
知らない言語だ。
何を言ってるのか全くわからない。
そう思った次の瞬間。
不意に体が持ち上がった。
(うわっ!?)
突然の浮遊感に驚く。
(なんなんだよ、これ……)
死後の世界って、もっとこう……
いや、死後の世界なんてこれが初めてなんだけどさ……
「あぁ、やぁあー」
突然、赤ん坊のような声が響いた。
なんだうるさいなもう。
死ぬ時くらい静かにさせてくれ。
「──────!」
「──────」
また、声が聞こえた。
今度は二人分。
男と女だろうか。
この二人も、何を言ってるのかはわからない。
ただ、少なくとも怒っているようには感じない。
むしろ喜んでいるような声だ。
とにかく情報が欲しい。
でも、目が開かないのだから視界は役に立たない。
ならば、と手を動かす。
「……?」
違和感があった。
動かない。
いや、違う。
動かないと言うよりも、動かし方がわからない。
自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだった。
とにかく、これでは情報も得られない。
思うように体は動かない。
何を言ってるのかわからない。
何もできない。
その不安が、急に胸を締め付けた。
「ふんぎゃぁぁあああ」
再び赤ん坊のような声が響く。
その声は、先程とは違い、泣いているようだった。
(うるさいな。泣きたいのは俺だって)
「あぎゃぁぁあー」
その声は、不安に駆られる今の自分の気持ちを表しているようだった。
(だからうるさいって……ん?)
なんだか違和感を感じた。
自分の意思とは関係なく、口や目が動いているような感じだ。
そう思った瞬間、この声の発信源は自分だということに気がついた。
(え……?)
理解が追いつかない。
こんな声で泣くほど追い詰められているのか……?
何から何までわからない。
少しでも起こっていることを知ろうと、半ば強引に目を開けた。
自分の目に飛び込んできた世界は、ぼやけすぎて輪郭をうまく捉えられなかった。
その端には、自分の手が映り込んでいた。
小さい。
その手は、信じられないほど小さかった。
大人どころか、小学生の手よりも小さい。
握れば簡単に潰れてしまいそうなほど細かった。
(……は?)
理解が追いつかない。
もう一度見る。
やはり、結果は変わらない。
(いや、待て)
そこで、一つの考えが浮かんだ。
馬鹿げた考えだった。
(もしかして俺……赤ん坊なのか?)
あり得ない。
そんなこと、あり得るはずがない。
けれど、この状況を説明できる言葉を俺は一つだけ知っていた。
(……転生?)
馬鹿げている。
そんなものは小説や漫画の中だけの話だ。
だが、自分の状況を説明できる言葉が他に思いつかなかった。
死んだはずなのに意識がある。
知らない言語が飛び交っている。
そして、この体。
(本当に……?)
そう考えた時だった。
「──────、フィル」
女の声が聞こえた。
(フィル……)
そして、フィルというその響きだけが、妙に心に残った。
それが名前なのか、はたまた意味を持つ言葉なのか。
俺には、分からない。
だが、不思議と嫌な感覚はなく、この言葉を心に留めておこう、そう思った。
「っ……」
ぼんやりとしていた意識が、急激に重くなる。
必死に抗おうとしても、その強烈な眠気には、敵わなかった。
「──────」
優しい声を最後に、俺の意識は、再び闇に沈んだ。
(フィル、か……)
フィル、という響きを、心に留めて。




