第18話 『悪魔』
僕が広場に戻ると、すでに後片付けが始まっていた。
と言っても、ここまで到達した魔物はそんなにいない。
建物が崩れたりはほとんどしていない。
村人達は魔物の死体を運び、回復魔法を使える者達は怪我人の手当てに追われている。
お母さんも、この村で数少ない回復魔法の使い手なので、怪我人の治療をしている。
僕は怪我をしていない。
今行っても邪魔になるだけだな。
──ドォン
地面を揺らす轟音が響く。
音が来た方向は、大森林の方か?
お父さんの言っていた気になることと関係あるのだろうか。
──ドォン
一息置いて、再び轟音が響く。
なんだか胸騒ぎがする。
師匠なら、なんか知ってるだろうか。
師匠は広場の中心の方にいる。
忙しいだろうけど、まあ師匠ならいいだろう。
この胸騒ぎを鎮めることが優先だ。
広場の中心に向かうと、そこには大森林に視線を寄せている師匠がいた。
──ドォォォン!!
一際大きな音が鳴り響いた。
胸のざわめきが大きくなる。
「師匠!この音はなんなの?」
「フィリアンか。音についてはわかんねぇ。一つわかるのは、さっきまで音の中心に大きな魔力が二つあったことだ」
大きな魔力が二つ。戦っているってことか。
「ん?さっきまで?今は戦ってないの?」
そう聞くと、師匠は僅かに暗い表情を見せながら答えた。
「ああ、さっきの大きな音が起こってから、魔力が一つ感じられなくなった。どうやら戦いは終わったみたいだ」
それを聞くと、僕の心臓の鼓動が早まる。
お父さんの言っていた、気になること。
きっと、さっきまでの轟音の正体だろう。
戦いが終わり、魔力が一つ消えた。
それは、決着がついたということを意味する。
なぜだろう。
とても嫌な予感がする。
「お父さんは?無事なの?」
「……………」
師匠は何も答えない。
ただ、大森林から視線を外さなかった。
「!?」
途端、背筋を冷たいものが走る。
「フィリアン、何か来るぞ。気をつけろ」
師匠の言葉と共に、僕も森へ視線を向ける。
だが、何も見えない。
見えるのは、普段と変わらずそこに立つ村人の家と、青々と茂る木々だけだ。
それなのに。
嫌な予感だけが膨れ上がってくる。
周囲の村人も異変に気がついたのか、ざわめきの波紋が広がる。
黒い影が森の方から飛び出す。
その瞬間、どこからか戸惑いと悲鳴の声が聞こえる。
声は広場中から聞こえてくる。
だが、その声が一際集中しているのは、怪我人が治療を受けている場所だ。
僕はそちらに反射的に視線を寄せる。
「は………?」
そこには、地獄を思わせるような光景が出来上がっていた。
ついさっきまで治療を受けていた人たちが倒れている。
動かない。
そして、その中心には───
「ぁ………」
漆黒の角をはやしたウルフと、そして、真っ赤な血を流すお母さんの姿があった。
目の前が真っ暗になった。
気づいた頃には駆け出していた。
お母さんの傍に立つウルフ──悪魔の元へと。
「フィリアン!待てッ!」
師匠の言葉も耳を通らない。
僕の視界にはすでに、この悪魔しか写っていなかった。
「ワオォォォン!」
ウルフが爪をたてる。
確実に僕の急所を突かんとしている。
そんなことは気にしない。
僕は必ずお母さんを、そしてお父さんを殺したこの悪魔を斬らなければならない。
この命に替えてでも。
「ウアァァァ!!」
ウルフに向かって全力で刀を振り下ろす。
だが──
──ガキンッ!
──パリィン!!
僕の刀は、何かによって弾かれる。
それと同時に、何かが割れる音が響く。
僕の目の前にあるのは──
師匠の背中だった。
「グフッ」
そして、師匠は血を流し、力なく倒れた。
ウルフに腹部を貫かれて。
「し、ししょ……なんで」
きっと師匠が飛び出して来なかったら、ここに伏せているのは僕だっただろう。
それならよかった。両親を失い、師匠の静止を無視して飛び出した僕が倒れるならよかった。
なのに………
「フィリ……アン。にげ…ろ」
息も絶え絶えになりながらもそう言う。
僕にはそれが理解できなかった。
逃げろ?なぜ。
お母さんは倒れている。
お父さんは戻って来ない。
師匠は血を流している。
この傷では、もう治療も間に合わないだろう。
なのに。
どうして僕だけが逃げなければならない。
「いやだ」
震える声が漏れる。
視界の端で、ウルフがゆっくりとこちらを見る。
真っ赤な瞳。
漆黒の角。
その姿は魔物ではない。
悪魔だ。滅ぼすべき悪魔。
「お前が……」
刀を握る手に力が入る。
怒りか。
悲しみか。
自分でもわからない。
ただ、一つだけわかることがある。
「お前がぁぁぁ!!」
途端、体内の魔力が噴き出す。
それと同時に強風が吹き荒れる。
詠唱を介さず、魔力で術式を構築する。
暴走の危険など考えない。
そんなのはどうでもいい。
ただ殺す。
この目の前の悪魔を、必ず。
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