第16話 『父の背中』
村人たちが武器を持って広場を行き交う。
その中で、お父さんも静かに剣を腰に差した。
「フィル」
いつ持ってきたのだろうか。僕の刀をその手に握りながら、僕に話しかける。
「お前は、どうする」
「僕は……」
どうする。お父さんが聞いてるのは、きっと戦うかどうかだ。
僕はこの村が好きだ。お父さんが、お母さんが、師匠もリリもいて。
この村で過ごす毎日は、とても幸せだ。
なら、答えは決まっているだろう。
「戦う!僕も、この村を守る!」
「そうか。じゃあ、武器を取れ!魔物共を迎え撃つぞ!」
お父さんから刀を受け取る。
覚悟は決まった。僕だって狩人だ。
◇
大森林に向かって走ると、そこではすでに村人たちが魔物と交戦していた。
剣がぶつかる音や、怒号。そんな音が耳に飛び込んでくる。
目に入るのは、ゴブリンやウルフ、オーク、それにオーガだ。
どれも戦ったことがある。
ゴブリンやウルフ、オークは問題ない。
でも、オーガだけは別だ。
あれには一人では勝った試しがない。
オーガは避けよう。
「フィル。気をつけろよ」
お父さんはそれだけ言って、魔物に向かって走り出してしまった。
オーガだけ気をつければ、他は問題にならない。
なら僕のできることは、少しでも多くの魔物を倒すことだ。
もっとも、無理はしてはならない。
調子に乗った挙句、ピンチになって自分を庇った大切な人が死ぬのは、物語ではよくある光景だからだ。
そう決め、刀に魔力を込める。
「力よ、我が身に宿れ──《ブースト》」
詠唱を唱えた途端、自らにかかる重力が半減したのではと錯覚する。
力魔法だ。
刀に埋め込まれた魔石の補助によって、使えるようになった。
「ブモオォォーー!!」
目の前に現れたのは、一体のオーク。
豚のような顔を歪めながら、その拳を振り上げる。
「っ!」
振り下ろされた一撃を横に飛んで避ける。
僕の元いた場所を空切った拳は、地面を砕く。
まともに受けたらお終いだ。
なら、まともに受けなければいい。
『オークは力は強いが、動きは遅い。そして意外と美味い!』
以前、お父さんが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
大切なのは相手を見ること。
左手に魔力を集めつつ、オークを注視する。
「ブモォォッ!!」
オークが再び拳を振り上げる。
落ち着いて見れば、その動きは単調だ。
振り下ろされた拳を横に避ける。
轟音と共に地面が砕ける。
(今だ!)
地面を砕いた拳の勢いで、一瞬隙ができたオークの背後に回る。
「たあぁぁーー!!」
狙うのは腕だ。
地面に食い込んでいる腕に向かって刀を振り下ろす。
──ズシャッ
赤黒い血が飛び散る。
「ボォォー!?」
刃が深く食い込み、手応えが伝わる。
少なくとも、さっきまでのように扱うことはできないはずだ。
オークは苦痛に顔を歪め、次に怒りの表情をあらわにした。
「ブモオォォーー!!!」
怒り狂ったオークは体勢を屈め、速度を出して向かってきた。
突進だ。
(はやいっ!)
その巨体からは考えられない勢いだ。
体を捻って避けると、元いた場所を巨体が通り過ぎ、風圧が体を押し出した。
背筋を冷たいものが走る。
だが───突進を避けられればすぐには止まれない。
再び体勢を崩したオークに手のひらを向け、溜め続けた魔力を解放する。
──《魔力弾》!!
解放した魔力が、一直線にオークを捉える。
次の瞬間、轟音が巻き起こり、巨体が転がる。
土煙が晴れる。
倒れ込むオークは、もう動かない。
……なんとか倒した。
「ふぅ……危なかった」
やっぱりオークは苦手だ。
額の汗を拭いながら、周囲を見渡す。
近くに魔物の姿はない。
どうやら、この辺りはあらかた片付いたらしい。
そう思ったその時だった。
──ドォン
地面が揺れた。
「え?」
まるで巨岩でも落ちたような衝撃。
そしてもう一度。
──ドォン
木々の影から、巨体が姿を現す。
3メートルはあるのではないかという巨体。
人間の頭など容易く握りつぶせそうな巨大な手。
そして、鬼を思わせる真っ赤な肌と、大きな棍棒。
(最悪だ)
魔物達の中で、唯一倒したことのない魔物。
今の僕じゃ、到底敵いようのない敵。
「グオォォーー!!」
咆哮が森を震わす。
オーガだ。
その姿を見た瞬間、手のひらに魔力を集めた。
怖くないと言えば嘘になる。
手が震える。心の中の悪魔が囁く、もう逃げちまえと。
でも、僕も村を守るためにここにいる。
なら、時間を稼ぐべきだろう。
こいつを倒せる誰か──お父さんが来るまで。
「はぁっ!」
集めていた魔力を解放する。
解き放たれた魔力弾は、一直線にオーガへと向かった。
「グォッ」
オーガは避けようとする素振りすら見せない。
魔力弾は、そのままオーガの胸に直撃した。
「なっ………!?」
──しかし、その胸に傷は見当たらなかった。
僅かに体がよろめいたが、それだけだった。
オークにトドメを刺した一撃。それすら、オーガには傷を与えるに至らなかった。
「グオォォォォ!!」
咆哮と共に地面を蹴る。
その巨体からは想像もつかないスピード。
「っ!」
思わず目を瞑ってしまう。
理性では相手を見なくてはと思っても、本能がそれを許さない。
本能的に恐怖してしまった。
怖い。やだ。死にたくない。
せっかくこの世界で生まれたのに。
幸せになろうと決めたのに。
「……………?」
いつまで経っても衝撃が来ない。
震える本能を抑えつけて、瞼を開ける。
目の前には、切り裂かれたオーガの腕。
真っ赤な肉と覗く白い骨、そして剣だ。
「グオォォ!?」
オーガが戸惑いの声を漏らす。
オーガも何が起こったのかわかっていないのだろうか。
「フィル、下がっていろ」
低い声。お父さんの声だ。
普段と変わらぬ声だが、その瞳は真っ赤に染まっていた。まるでそれが自然であるかのように。
「お、お父さん………」
「あとはまかせろ」
どこかいつもと違う雰囲気を纏う父は、いつもと同じ優しい声でそう言った。
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