第13話 『命を奪う戦い』
「いたたたた……」
翌日。
僕の腕は死んでいた。
だって素振り二千回だぞ?
千五百回くらいから誤魔化そうとしたけど、師匠とお父さんは許してくれなかった。
そのおかげで僕の腕は筋肉痛だ。
「フィルー森に行くぞー」
「森ぃ?なんでー?」
「狩りだ。剣や刀の振り方ってのは、戦いながら覚えていくもんだ」
「ちがうと思います!」
「つべこべ言わずに行くぞ!」
「いたぁっ」
お父さんは容赦なく、僕の肩を叩いてきた。こっちは筋肉痛がひどいってのに。
「痛いならエリナに回復魔法でもかけてもらえ」
「はぁーい」
まったく。そんな脳筋な修行で大丈夫なのか?
◇
「ここだ」
お母さんに回復魔法をかけてもらった後、お父さんがいつも来ているらしい狩場にやってきた。
「ここから先は、魔物が出るから、気を引き締めていけよ」
「わかった!」
危険はあるかもしれないが、お父さんもいる。大丈夫だろう。
二人で話をしつつ周りを見渡しながら歩いていると、お父さんが急に立ち止まった。
「フィル、これが何かわかるか?」
お父さんの指差す先には、草が潰れた跡や、折れた木の枝があった。
「んー……足あと?」
潰れた草のその先に視線を向けると、それらしい跡があった。
「そうだ。よくわかったな!」
小声で話しているのに、心底嬉しそうな声で、褒めてくれた。
師匠とは大違いだ。
師匠は声がでかいくせにあんまり褒めてくれないからな。
「狩りをするときには、こういう細かいことにも気を配るんだ。わかったか?」
「わかった!」
「よし!それじゃあ行くぞ」
「フィル、あそこを見ろ」
「いた……」
そこにいたのは、地球にもいるような、普通の猪だ。
「あれはボアの幼体だな」
「ボア?」
「魔物の一種だな。成体になるとあれの5倍はデカくなるぞ」
5倍……そんなにデカくなったら人なんてプチッと潰されてしまうよ………
「あれなら平気だな……」
なんか言ってた?うまく聞き取れなかった。
「よし、フィル」
「……なに?」
なんか嫌な予感がするぞ?
「一人であのボアを倒してみろ。一人でな」
一人を強調したぞこの人!教育者向いてないよぉ。
「むりだよ……おとーさん」
「……大丈夫だ。お前ならできる」
そんな何を根拠に………
「それに、いざとなったら助けるから平気だ。存分に戦え」
それなら安心できるか……
…よし!覚悟を決めろ、フィリアン!
「………」
ボアはまだこちらには気が付いていない。
呑気に鼻で獲物の匂いを探っているようだ。
心臓がうるさい。刀を握る手に力が入る。
動物を殺したことなんてない。もちろん、魔物もだ。そう考えると、刀が震える。
落ち着け……大丈夫。
僕はチラリと後ろを見る。そこにはいつでも動けるように構えている父がいる。
きっと何があっても助けてくれる。なら、僕にできることは今の自分にできる全力を尽くすのみだ。
戦いとは、どれだけ相手に全力を出させないかだ。
ならば、先手でやるべくはただ一つ。
「うおおぉぉーー」
威嚇だ。
腹の底から、本気で声を出す。
「プギィぃ!?」
ボアが驚いたように顔を上げる。
(今だっ!)
その瞬間、僕は足を踏み出し、ボアへと走り出す。
僕がボアのもとにだどり着くまでに、ボアは冷静さを取り戻し、構えをとっている。
だがそんなのは関係ない。戦いには戦略も必要だが、時にゴリ押しは重要な作戦だ。
「たぁっ!」
──当たる。
そう確信した次の瞬間。
──ガキンッ!
腕に予想外の衝撃が走る。
「いっったぁ!」
刀を握った両手が痺れる。
思わず数歩後ろに下がってしまった。
「フィル!それじゃあ当ててるだけだ!刀は刃を立てて切るんだ!」
ボアの背中には傷ひとつない。
なるほど。確かにこれじゃあ当ててるだけだな。
「ブギィィーー」
ボアが怒ったように地面を蹴る。
次の瞬間、ボアは猪とは思えない速度で突っ込んでくる。
「うわっ!?」
慌てて横へ飛ぶ。
ボアの牙が僕の右肩を浅く切り裂く。
「っ!」
痛みが僕の思考を支配する。
(こわい……)
次に頭を埋めつくのは、恐怖だ。この小さな猪ですら、僕を簡単に殺せるという恐怖。
「フィル!落ち着け!」
「あっ……」
そうだ。僕にはお父さんがいる。何があってもきっと守ってくれる。
「すぅ、はぁ」
深呼吸をして、今一度落ち着きを取り戻す。
(大丈夫。ぼくならできる)
──だって、僕はお父さんの息子だから。
『刀は刃を立てて切るんだ』
刃を、立てる。
ボアは、もう一度僕に向かって走り出している。
でも、もう大丈夫だ。恐怖はない。
ならば湧き上がってくるこの気持ちは何か。
自信だ。安心感だ。
僕ならきっとできる。
「うおぉぁああー」
僕の刀は、ボアの肩の辺りから、その身を深く切り裂く。
──ドサッ
ボアが倒れる。
先程まで、僕と戦いを繰り広げたその身はもう、動かなくなっていた。
勝った。
自らの力のみで勝利を収めた。
それなのに、嬉しいとは思わなかった。
それどころか、胸がズンと重くなるのを感じた。
それはなぜか。
僕は今、奪ったのだ。つい先程まで生きていた命を。
そう思ったら、喜ぶに喜べなかった。
「………」
「フィル、よくやったな」
「あ……」
優しい声色だった。優しく撫でてくれた。
「フィル、お前は今、嬉しいとは思っていないだろ?」
「うん……」
「それでいいんだ。狩人ってのは、命を奪う仕事だ。でも、それが命を軽視するようになる理由にはならない。命をいただく時には、感謝しろ。生きることは殺すことだ。生きているなら、それだけで何かを殺すことにもなる」
「……わかった」
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