自己紹介と物の売買は簡潔に分かりやすく
「それで?今日は何処に行くんだ?」
「その前になんでここに居るか聞いても良いですかねぇ」
そう目の前にいるかの彼女へ問いかける。疲労で思いのほか深く眠っていたらしく起きたのはつい一時間前。シャワーを浴び、朝食を取りながら今日の日程を考えていたら来客を知らせるアラームがなり、ドアカメラを見たら私服姿の彼女がいた。とりあえずデネブ艦内のメインラウンジルームに通したけど、いきなりの来客で何も用意が無い。来ると分かっていたなら、良い感じの珈琲とカップを探したんだがなぁ、と思ってもしょうがないので、ラウンジに置いてあった驚くほど何の変哲もない白のマグカップにコーヒーを淹れる。
「インスタントだけど。それで、なんでウチに?」
「昨日、ウチに来ないかと誘ったのは君だろう?だから来た」
「確かに言ったが、昨日の今日とは。軍の方はどうしたのさ?」
「辞めてきた」
「……マジすか?」
危うく口の中のコーヒーが霧散する所だった。流石にプロレスラーじゃないから毒霧噴射は誰の得にもならないから耐えたが、口に含んだタイミングで助かった。誤嚥してたら咳止まんないし。
「軍ってそんな軽く辞められたっけ」
「元々、近いうちに辞める予定だったんだ。あのまま軍にいても、昇進は望めないし、それに誰も止めなかったからな。渡りに船だよ。私も、向こうもね」
「あー、そういう」
どうやら闇深そうなのでこれ以上聞くのはやめておこう。知らなくていい暗部覗いて火傷するのは嫌だし。
「ま、いいや。そういう事なら喜んで。改めて、我が艦は貴官の乗艦を歓迎しよう。これからよろしく」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。精一杯頑張りたいと思います。ところで、なんて呼んだら?艦長とお呼びした方がよろしいですかね?」
少しだけ艦長っぽく、挨拶をすると、彼女も敬礼をし返す。そして少しイタズラっぽい笑みを浮かべ、そう聞いてくる。そういえば自己紹介を一切していなかった。昨日の一件でほぼ一方通行でプロフィール知られているので忘れていた。
「ミクマでいいよ。あと敬語も要らないかな。そんな敬われる様な柄でもないし、仕事中ならともかく、乗艦したら寄港中以外は共同生活だしね。堅苦しいのはあんまり好きじゃなくて」
「では、そうしよう。と言っても、敬語の方が慣れてるからな。つい出るかもしれない」
「癖ならしょうがない。そういえば自己紹介してなかった。まぁそっちは俺の事知ってると思うけど、一応。俺の名前はミクマ・イブキ。ミクマが苗字。特技は…そうだな、料理と単騎駆けかな」
「ガブリエル・ネージュだ。特技は兵站や指揮だな。こう見えても士官学校での成績は良かったんだ」
フンと胸を張り自慢げな笑み浮かべる。その先に揺れた気がするのは気の所為って事にするが、こういう仕草や先程の笑みからして、根は相当愉快な人物に違い無い。髪は肩ほどでダークブラウン、切長で目鼻立ちもくっきりしてるから、なんとなく覇気のある顔つきだ。
「…大きいね。いくつなの?」
「どちらがだ?ふふっエッチめ」
相応愉快な人物に違いない。その困ったなぁ?って顔して腕を組むな。寄せて上げるな。見ちゃうから。
「し!ん!ちょ!う!…目算で20cm違うかなって思ったけど、合ってる?俺169だけどそっちは?」
「188だ。すごいな。よく分かったな」
「目が良いんだよ。距離感とかスケール感とか、そういう、いわゆる空間認識能力ってヤツ。戦闘艦のパイロットだから多少は鍛えてるしね」
そう言いながら席を立ち、カウンターにカップを置く。デネブはかなり多くの部分がオートメーション化されているので、カップを受け取り洗浄してマグカップ置きに置かれるくらいは、システムからしたら手間ですらない。
「さて、とりあえず。新入社員が来てくれた訳だが、歓迎会をやる前にいくつかやる事がある。艦の説明とか、一先ずの今後の方針とか、補給やその費用の工面とか」
「うむ、それで?今日なにを?」
「ちょうど話が1周して来たね。とりあえず最初はまず金だな。交易センターとかある?そこで貨物をいくらか引き取ってもらう。ついでに相場と商品のチェックと情報収集。そういう所ならニュース誌や各企業のパンフレットくらいあるだろうし」
「全部では無いのか?金にするなら多い方がいいのでは?」
「デネブで使う分は残しておかないとな。日々のメンテナンスや、艦内工場で消耗品の製造でも使うし、それに貨物の中には生活物資やお金にならない物もあるから」
「というと?」
「廃棄物の類だよ。生活ゴミとか排泄物や使用済みの工業用水とか、やろうと思えば金に出来るけど、一般的には無理だからね」
そう、貨物全てが換金性や実用性の高いものばかりではない。中にはそういった使用済みの物資も積まれている。とはいえ総積載量の数%〜0.何%程だが、使う以上は出てくる物だ。では何故廃棄しないかと言うと、高度なリサイクル技術による艦内循環で長期間航行を可能にする為である。使える物は何でも使うって事だ。
「了解した。では行こうか」
「うん、案内よろしく」
はてさて、どうなることやら。
―
港を出発しコロニー中心部へ移動する。港内は思いのほか整然としており、デネブが停泊しているバースは大型艦用なのもあり、並ぶ艦もみな大型で、まるで自分が小さくなったようにも感じ、いくつも大型艦が並んでいるにしてはかなり狭さを感じにくいのも影響している様に思えた。
「そういえば、バース使用料って出港時に払えばいいの?」
「ん?あぁ、そうだな。本当は日割りなんだが、商船や工業用の船でも、そんなすぐには出ないから出港時にまとめて払えば問題無い。港としてもいちいち手続きするのは面倒だからな」
「そうなの?自動精算機くらいあるんじゃない?」
「そうだが、船の出入りは税金とか、防犯とか。色々あるんだよ」
「へぇー、大変だね」
「大変だ。もっと言うなら使用料は日割りで6時間刻みなんだ。6時間、12時間、18、24、48…って感じだな」
コインパーキングかな?いや実際に駐車場みたいなものか。バースって船版駐車場って言うくらいだしな。
そんな事を話しながらオートウォークを降り、エレベーターで登る。そして見えてきたのは円筒型の街だった。オーソドックスなオニール型、その中の島3号と思われ、いかにもスペースコロニーらしい風景だった。空に見える反対側の街は青白く霞み、ぼんやりと見え、これがより一層人工物さを与えていた。
「そんなに珍しいか?そういえば惑星出身だったな。やはりみんなそんなに新鮮なのか?」
「あー、そうだね。生まれてこの方、空に街があるなんてあまり無かったからね。新鮮かな」
「傭兵なのにか?」
「傭兵と言っても、拠点にしていたのは資源惑星だったからね。もっぱら、作業用のステーションや工廠や、なんなら前線で陣頭指揮やってる戦艦とか、あまりコロニーの中には入んなかったから。寄港しても補給と整備済ませたら即出航ってのがいつもの流れでね」
なんとも納得しかねると言うような表情のガブリエルに軽く肩を竦める。実際そうなんだからしょうがない。俺はスペースコロニーは知識でしか知らない。あまり艦や港から出なかったのも本当だがね。
「ふむ。まぁいい。アレがトレードセンターだ。このコロニーの多くのブローカーや企業がオフィスを持っているらしい」
そう指をさされた建物は真四角のビルだった。窓の位置や柱の位置から見た目通りなら17階建て、コロニー用の構造体を使っているのか頑丈そうで飾り気が無いのは好感持てるくらいだな。高さはざっと76〜7mで中はそれなりに広そうだ。商業施設はそんなもんかもしれないが。
エントランスホールに入ると、意外にも人は多くなく、ビジョンに様々な広告が流れていた。吹き抜けから見える上階の様子も静かで、それぞれのオフィスの入口には社名らしき名前が書いてあった。
「あそこが総合窓口だ」
確かにすごい見覚えあるタイプの受付だ。病院や庁舎の窓口そっくり。同じ機能のなら似たデザインになるのはどこも同じなんだな。
「すいませーん、ちょっと良いですか?」
「はい、どうぞー」
空いている窓口に座り声を掛ける。特に受付番号とか無いのか受付の人がすぐに応対してくれる。
「すいません、物売りたいんですけど、どうやったら良いですか?」
「それでしたら、ここで受け付けますよ。どんなものを売却なされますか?」
「これを。お願いします」
携帯端末からデータを送信する。前もって作っておいた貨物の中でも換金性の高い資源のリストだ。高純度レアメタルや様々なコンポーネント、汎用の構造材等、どこに行っても売買されやすい物で、値も期待出来る。
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言い、担当者が奥に引っ込んでいく。恐らく査定やリストの精査だろう。長そうだし、気楽に喋りながら待つとしようかな。
「そういえば、売った物資の輸送って自動だったよね?」
「あぁ、宇宙港には自動輸送システムがあるからな。停泊時にバースと接続してある艦は物資の出し入れが自動だ。でなければ荷降ろしだけで相当時間が居る。艦のロックを解除できる人も必要だしな。流石にロックを開けっ放しで離れるわけにもいかんだろ?」
「確かに。あ、忘れてた。デネブに登録するの帰ったらで良い?後でアクセス権の付与と船員登録しとくね」
「もちろん大丈夫だ。必要な事はあるか?」
「あー、そうだな、医務室でバイタルチェックとデータ登録しといて。プライベートな事だけど、一応必要だからお願いね」
「分かった。確かに必要だな。見られて困る物でも無いが、あまり覗かないでよ?」
心外だ。俺はそんな覗き魔では無いと言いたい。冗談と分かっててもそういう事を言われると男からしたら肩身が狭くなる。軽くため息を吐き、ガブリエルへ、まったく、冗談好きには困るなとでも言うようにこれみよがしに肩をすくめると、それを見てふふっと微笑む。
窓口に置いてあるパンフレット等を見つつ5分ほど待つと奥から戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが買取額になります」
そうして見せられた携帯端末の画面には詳細と買取総額が書いてある。
「1170万飛んで850Rec……これは高い…のか?」
「高いな」
「高いですよ」
どうやら2人の反応からしてかなり良い値が付いたらしい。
「今回はかなり大口の取引ですし、かなり希少な物も有りましたから、手数料を差し引いてもかなり色を付けさせてもらったつもりですが、ご納得いただけないでしょうか?」
「いやいや、そんな事無いですよ。ただ確認したくて。この辺りの相場もあまり詳しくなくて」
「そうでしたか、そういう事であれば、尚のこと自信を持ってこの価格で買取りさせていただきます。…実の所、こういったレアメタルはどのコロニーでも需要大ですし、今回お客様が持ち込まれた物は特に希少性や需要が大きい物が多かったですから。こちらとしても相場通り正規の価格で買わせていただけると非常に助かるんですよ」
小声で言う内容は非常に納得できるもので、ガブリエルも詳細な査定額を見て頷いたので間違い無いんだろう。
「ではお願いします」
「はい!では端末をここに、お客様のIDに振込致します」
担当者が取り出したスキャナーに載せると、即座に振り込まれた。金額も合っているし、これで大金持ちだ。確か月500くらいあれば普通の人は生活できるんだったか?。と言ってもデネブが大破したらこの数倍は修理費にかかるだろうがね。そう考えると少額に思えるが戦艦の修理費なんて大概そんなもんだ。
「ありがとうございました!」
トレードセンターを出て時計を見る。まだ昼前で、まだまだ時間がありそうだ。
「この後どうする?」
「あー、傭兵って何か組織ある?登録した方いいかな?」
「そうだな、組合があるから登録した方がいいな。未登録はモグリとしてあまり良く思われないんだ」
「ちなみに何で?」
「組合から未登録者へ何かすることは無い。逆を言えば何もしないんだ」
「あー、なるほど」
登録しないとやばそうだな。組合というだけあって社会保障とかやってるんだろうし、未登録では良い仕事は無さそうだ。
「じゃあ、行くか。事務手続きって地味に長いんだよなー、早めにやっとく方がいいよね」
「予想だが、そんなに時間かからないと思うがな」
というガブリエルを横目に組合へ向かう。まぁ、俺は道知らないのでガブリエルが前だが。どれだけ時間かかるか予想できないから、長時間覚悟して行くに越したことは無い。
「さてどうなっかねぇ」
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、感想等々お待ちしております。




