お家事情は根が深いのが相場
無人の建物の床がガコリと音を出し開く。それには空調点検口と書かれたステッカーが貼ってあり、中から少女が出てくる。背中にコロニー整備管理公社と書かれた作業着を着ており、帽子を目深に被っている。
「ふー、ここまで来れば巻けたかな?」
周囲を警戒する様に見渡しながら、静かに点検口の扉を閉め、腰のポーチから端末を取り出す。先程傭兵風の男から盗んだ物だ。
「傭兵ならお金持ってるよね…でもこんな所来るくらいだし持ってない可能性ある?調べたら良かったかな?一緒に居た人結構美人だし2人とも身なり整ってたからなぁ」
それに油断してたから。女の方は隙が無かったけど、男の方は隙だらけで、初めて観光地に来る海外旅行者の様にまるで警戒していないようにも見えた。
「あとは、コレが開けれるかだけど…何だろコレ」
端末は見た事ない機種で、見るからに耐久性重視の物理的に強そうな端末だ。傭兵らしく実用的な物なのかもしれない。
「ロックも強くないと良いんだけどね」
クラック用の機材とコンソールは隣の部屋にある。手早くやろう。どの道ダラダラやってたらセキュリティシステムに見つかるし、もし捕まったら終わりだ。
「さっさと稼いで、早くアイツらと…」
そうだ、早く稼いでさっさと出て行きたいんだから…
「よう。待ってたぜ?」
―
「しまっ…!」
俺が声を掛けると、弾かれるように逃げようと少女が出口に走る。スリのちょっとした仕返しに軽く脅かしてやろうと思ったが、ここまで驚かれると心苦しいというか、傷付くな。
「うわっ!」
「ここまでだ。観念する事だな。私はそこの男と違って甘くないぞ?」
丁度死角になる様に間口の後ろで待っていたガブリエルが、走って部屋から出ようと言うタイミングでわざとぶつかる。意図しているのもあるが、鍛えてるだけあり流石の体幹だし、体格からして違う為、微動だにせず悠々と立ち塞がる。
「どうせ、クラックしてIDから金を抜こうとしたんだろうけど、残念だね。このレベルの機材だと朝までぶっ通しでやっても無理だよ。…このコードブレイカーって自作?だとしたら相当詳しいんだな」
見るからに有り合わせで作った様に見えるが、多分見た目以上に性能は高いだろう。恐らくは解析用のツール辺りを色んな所から色んな物を仕入れて組んでるんだろうが、にしてもケースくらい付けたら良いんじゃなかろうか。まな板かよ…これ絶対持ち運びできないだろ。する気が無いのも見て取れる。
「なん…」
「「なんで分かった?」か?まぁいくつか理由はあるけど、そうだな。1つは、スリや窃盗やるヤツがどこ行きそうかってね。俺なら質屋に持ってくにしろ自分で使うにしろ、1度は確認したくなるから、こういう人の居なそうな、かと言って完全に廃屋とか空き家って言い難い所を使う。このフロアは改装中って事でしばらく未使用だからな。作業着着てたら出入りしても誰も不審には思わんさ」
それに、クラックツールのパーツ持ち込んだり、何かしらの機械が置かれていても、建設途中や改装中ってなると、それ用の機材か何かか?となる。現場で長時間端末操作してても、内装のCGでも作ってるかと思うしな。普通は。
「2つ目はシンプルだ。端末の位置は常に追跡してるからな。その反応を辿るだけだ。ここは電波暗室になってるようだが、通信手段が少々特殊でね。俺の端末には普通の電波遮断は効かないんだ」
「ん?…あ、本当だな。気付かなかった…」
ガブリエルが何か言ってるがスルーだスルー。詳しい話をすると前提条件だけで1時間くらいかかりそうなので省略するが、要は超時空関連の技術の応用だ。ワープ中は通常の電波通信は出来ないから、通信1つにも色んな技術が使われていて、デネブに備え付けの携帯端末にも適応されてるって事だ。
「そして3つ目。これが一番大きい理由だけど、お前二世だろ」
「ッ!」
「やっぱりねぇ。ぶつかった時一瞬見えたが、そのマーク、見覚えあったんだよ。あーあ、なんでこういう面倒事だけは当たんだかねー」
やれやれだよ全く、と誰にも聞こえないくらいの声量でボヤきながらタバコを咥える。火を付けようとしたらガブリエルに一瞬冷ややかな目線を送られたがどうせ吸ってもココなら問題無いと思うんだけどなぁ…ダメか。まぁいい。デネブに帰ったら吸うか。
「…その二世ってのは?あの?」
「そう、そのだよ。年齢的にも自分からってのは考えにくいからな。あそこは。叩けば埃しか出ないような、真っ黒なとこさ」
「…まさかヤツらか?」
「多分ね。そうだろ?『光の翼』のお嬢さん」
目を伏せ噛み締める様な渋い顔をする少女を見るに正解らしい。そしてもう1つの予想も合ってる様だ。
「新興宗教団体『光の翼』。正会員は3000万人となってるが関係者を含めた全体規模は2〜5億人とも推測される、『神秘と科学の融和による人類の進歩を目指す』と言ってるが、実際はただのカルトで、医学的根拠も無い民間療法や神秘主義の温床、違法なサイバネなんかもやってるな」
そう、『光の翼』は激烈にヤバい団体で、叩けば埃しか出ないような真っ黒な組織だ。数多くの犯罪行為に手を染めているとされている、というか本当に犯罪行為してるのだが、証拠隠滅が上手いのか未だに駆逐できない。何が1番ヤバいかと言うと、今までに最高幹部及び教祖が一度も逮捕されていないって事だ。誰が幹部で誰が教祖か自体も巧妙に隠されているし、強制捜査を敢行しても、到着した頃には既にもぬけの殻。せいぜい被害者の保護しか出来ないのが、どれだけ闇が深いを物語っている。何よりそれだけ黒い組織なのに、未だに信者も新規入信者も居るって言うんだから怖い話だ。
「聞いた事がある。…確か未成年者、子供を誘拐して洗脳と肉体改造で私兵にするなんて噂もあったな」
「「本当だよ」」
ハモったな。でも事実だ。質が悪いことにね。
「俺から喋っても?…ありがとう。事実だよ?その噂は。以前、依頼で奴らの施設を強襲した事がある。施設長と目されていた幹部は既に逃亡していたが、中身までは持って行けなかった様でね。多くの証拠が残っていた。その施設では兵隊の製造を行っていて、10代、それも15〜6の少年少女が、記憶改竄や洗脳、違法なサイバネ手術を受けていた。メディカルポットあるでしょ?全身受けるタイプ」
「『揺り籠』か?」
「そうそう。改造手術の負荷軽減と並行して、アレで記憶改竄や洗脳もやっていた。俺が強襲した時は丁度今から作ろうって初期の施術だったから、後遺症の治療や社会復帰も楽だったらしい」
まぁ、相当苦労は有ったみたいだが。洗脳受けた人間の扱いは色々と難しいからな。一定度を超えると、保護時点から殉教者も多くなる。踏み込んだ部屋が真っ赤だった時は流石にキツかったな。
「そっちは?」
「…何かあると再教育される。特に私達みたいな子供は教育しやすいって。実際、再教育されて壊れた子を何人も知ってる」
「だろうね」
想像通り過ぎて怖いね。如何にもカルトって感じ。
「で、離れたくてこんな事やってるのか?」
「そう。逃げるだけでも相当な金額が必要だから。法的措置ならもっと」
「なるほどねー、まぁ分からんでも無い。未成年者の渡航には手続き必要だったハズだし、傭兵に依頼するってなっても、個人依頼になるからそれなりの額は要るだろうな。特にそういう組織からの脱走ってなると、追っ手も来るだろうし」
となると非常にめんどくさい仕事ってなるから、余計に高額になる。悪循環だな。そもそも傭兵からしても個人依頼って時点であんまり良い顔しないからな。額面通り報酬が貰えるとも限らないし、企業や組合通した依頼で無いなら各種保証、特に法的な保証が無いか薄いから、避けてるヤツは多い。
「それに、大人は子供の言う事は聞いてくれないでしょ?私みたいなのは尚更」
「だろうなぁ。あまり良くない話だけどさ。家庭の事情ってのはみんな触れたがらないもんだからね」
はてさて、どうしたものか。警察に突き出しても良いが、俺の被った被害はせいぜい端末盗られたから、それ追った時間と疲労くらいだ。0と言っても差し支えは無い。クラック前に取り戻せたから当然残高は減ってないし、取引履歴も無い。
「どうする?艦長」
ガブリエルも渋い顔をしてため息を吐く。気を使って艦長呼びなの助かるね。別に知られて困る訳では無いが、名前知られて狙われても面倒だ。戦力はたかが知れてるからデネブに篭れば勝ちは揺るがない。単に面倒なだけだな。
「どうするったってねー、どうしようも無いんじゃない?正直、被害無いし、このままお互い無かった事にして帰っても良いんだよねー」
この後この少女がどうなるか知ったこっちゃ無いってのが本音でもある。冷たい様だが大人はそんなもんだ。特に仕事に文字通り自分の命賭けてる傭兵は尚更な。別に他のコロニーへの渡航費持たせても良いし、なんなら俺が乗っけてっても……
「ふむ?…うん、そうだな。ならこうしようか」
よし、良い事を思いついた。我ながらナイスアイデアとは言えないが、この場においてはベターだろ。
「今、お前の目の前に居るのは傭兵だ。傭兵ってのは往々にして、仕事内容に見合うだけの対価を保証してくれるなら何でもやるって人間も多い。そして俺もその部類の1人だ」
「…そうなの?」
「あぁ。そりゃ率先と違法行為はしないが、別に遵法意識が高い訳でも無いんだよ俺は。そもそも傭兵の仕事なんて後暗いのも多い。企業や官公と仕事してたら、そういう色んな物も見るしな。自分がやる訳じゃないから、何の犯罪行為でも無いし、別に世の中の組織全部が後暗い事やってる訳じゃ無いけどな?私は何も知りませんって言わなきゃいけない事も多いんだよ」
お陰でコッチは儲かるんだが。誠意や約束の強さは金額によるって相場が決まってるんだよね。特に仕事の場合は。
「てな訳で、どう?俺に依頼しないか?幸いな事に俺は今、懐事情はだいぶ良いんでね。安くしとくぞ?」
「信頼出来るの?」
「自分で言うのも何だが、こう見えても俺は結構真面目でね。仕事はキッチリこなす主義だ。真面目に仕事してたら、仕事増えるしな」
多少はだが。大抵の場合において、評判ってのは好評より悪評の方が強いもんだが、だからと言って悪評だらけってのは普通に信頼性無いからね。額面通りしか仕事しないって言われても、余計な事しないって言う事で案外重宝されるんだよね、俺みたいなのは。
「信じてもいいの?」
「信じてくれなくて良いけど、せめて仕事中だけは大人しく指示に従って欲しいかな。あと俺、ぶっちゃけ今暇だからね。その方がそっちも信じられるだろ?別に良いよ?行きたいコロニーに乗せてくとか、身元引受人って事でサインの1つくらいしても。勿論そのサインが必要な書類は精査させて貰う。流石にね」
「…なら依頼する。私を助けて」
「了解した。さて、どこからやろうか」
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、感想等々お待ちしております。




