騎士の来訪2
応接室の扉が静かに開かれた。
「リリアーナ様、ローザリア様をお連れいたしました」
執事エドガーの落ち着いた声が室内に響く。
それに続き、私たちは室内に足を踏み入れた。
応接室には、一人の青年が立っている。
すらりと背が高く、鍛え上げられた身体を騎士服が隙なく包んでいる。短く整えられた黒髪、真っ直ぐこちらを射抜く黒い瞳。精悍な顔立ちは、まさに王国騎士そのものだった。無駄のない姿勢、呼吸ひとつ乱さない静けさ。
だがそれは落ち着きではなく、張り詰めた刃のような空気だった。
青年は私たちを見ると即座に立ち上がり、一分の隙もない所作で一礼する。
「突然の訪問、失礼いたします」
低く整った声だが温度はない。
「ヴァイス侯爵家嫡男、エリオット・ヴァイスと申します」
―エリオット・ヴァイス。
ゲーム『双聖のアルディオン』における攻略対象の一人。
近衛騎士団長の息子にして、国内屈指の騎士。
そして婚約破棄の日、アレクシス殿下の背後でルミエラを庇っていた人物。
エリオットは続けた。
「率直に申し上げます」
その声には遠慮がなかった。
「私があの夜見たものは、“ローゼリア嬢に害された聖女と、断罪された悪女”です」
その言葉に、空気がわずかに冷える。
「聖女ルミエラ様はあなた方に追い詰められ、深く傷ついていた」
ローザリアが静かに口を開いた。
「あなたの見ていたものとやらは、私たちには関係ありません」
エリオットの視線が鋭く跳ねる。
「関係ない……?」
低く、噛みつくような声。
「関係ないはずがないでしょう。すべての元凶はあなた方だ」
リリアーナはそこで初めて口を開いた。
「ヴァイス様」
静かに名前を呼ぶと、エリオットの視線がこちらに向く。
「貴方は王命でここにいらしたのですか?それとも私たちを断罪するために?」
その瞬間、エリオットの表情がわずかに歪んだ。
「断罪・・・?」
吐き捨てるような声。
「私は事実を述べているだけです」
「事実?」
リリアーナは問い返す。その声は揺れない。
「では、貴方の言う“事実”とは何ですか?」
エリオットは即答する。
「聖女ルミエラ様が傷つけられていた、ローゼリア嬢が彼女を追い詰めていた、リリアーナ嬢がそれに加担していた」
迷いはがない・・・断定だ。
ローザリアの眉がわずかに動く。
「それが事実だと?」
エリオットは鼻で笑う。
「事実以外の何ですか」
その声には明確な苛立ちが混じる。
「聖女ルミエラ様は怯え、震えていました。それを見てなお、あなた方が無関係だとでも?」
リリアーナはそこで理解する。
─ああ・・・この人は“見たもの”じゃない。“そうであってほしい物語”を見ている。だから崩れない。自分の中の物語を事実として“確信”しているのだ。
リリアーナは静かに息を吐いた。
「エリオット・ヴァイス様」
初めての完全な呼びかけに彼の視線が鋭くなる。
「ではお伺いします。その“圧力”とは、具体的にどの行為ですか?」
エリオットは一瞬だけ黙る。だがすぐに苛立ちを吐き出すように言った。
「言葉、視線、空気、聖女を追い詰めるすべてだ」
ローザリアの表情がわずかに冷えるのが横目に見えた。
エリオットはさらに言い切る。
「聖女ルミエラ様は苦しんでいた。それだけで十分だ!それ以上の説明など必要ない」
張り詰めた空気が室内を覆った。
「それは」
リリアーナは静かに言う。
「貴方の中の“事実”ですね」
エリオットの顔が一瞬で強張る。
「違う!!」
声が荒れる。
「これが事実だ!!」
もはや騎士の冷静さはない。そこにあるのは、信念にしがみつく怒りだった。
リリアーナは静かに息を吐く。
(やっぱりこの人は理屈じゃない・・・“信じたもの”から動かない)
ローザリアが静かに口を開く。
「では逆にお聞きします」
その声は静かで、冷たい刃のようだった。
「エリオット・ヴァイス様」
「貴方は、聖女ルミエラ様が“正しい”と、どの時点で決められたのですか?」
ほんの一瞬だけエリオットの視線が止まり、沈黙が部屋に落ちた。
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