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花咲けば冥府も春  作者: 連


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8/27

騎士の来訪1

父との話を終えてから、三日が過ぎた。

医師からはまだ「絶対安静」と言い渡されていたものの、頭の傷は順調に回復し、眩暈もほとんど感じなくなっていた。

とはいえ、学園には休学届が出され、外出も最低限に留められている。


窓の外では初夏の柔らかな陽射しが庭園を照らし、小鳥たちが楽しそうにさえずっていた。


こんなに穏やかな朝なのに。


私の胸の奥には、あの日からずっと消えない靄が残っている。


「リリアーナ様。」


朝食を終えた頃、侍女のマリアが優しく頭を下げた。


「本日はお天気も良く、お庭の風も心地よいそうです。お医者様からも、無理をなさらない程度のお散歩なら構わないと伺っております。」


「・・・そうね。」


私は少しだけ考えてから頷いた。


「気分転換に、お庭を歩いてみようかしら。」


「かしこまりました。」


ブルームフィールド公爵家の庭園は、王都でも名高い名園だった。


色とりどりの薔薇が咲き誇り、白い石畳の小道の脇には季節の花々が風に揺れている。

中央の噴水から流れる水音が耳に心地よく、どこか張り詰めていた心を少しずつほぐしてくれる。


「・・・綺麗。」


思わず零れた言葉に、マリアが嬉しそうに微笑んだ。


「庭師たちも喜びます。」


ちょうどその時、近くで剪定をしていた老庭師がこちらへ気付き、帽子を脱いで一礼した。


「リリアーナ様、お加減はいかがでございますか。」


「ありがとう。もうだいぶ良くなったわ」


「それは何よりでございます。今年は薔薇の出来が良くございまして。」


私は咲き誇る薔薇へ目を向ける。


真紅。


純白。


淡い桃色。


どれも陽光を浴びて美しく咲いていた。


花の香り。


風の温もり。


水の音。


「リリアーナ様……。」


歩きながら、マリアが少し言いづらそうに口を開いた。


「王都では、まだ今回の件が話題になっております。」


私は足を止める。


「・・・やっぱり?」


「はい。」


マリアは申し訳なさそうに俯いた。


「ブルームフィールド公爵家が聖女様を虐げていた、ローザリア様が嫉妬から危害を加えようとした、リリアーナ様も同じように聖女様を敵視していた、と……。」


私は静かに息を吐いた。


「そう・・・」


あの日、あの場にいた貴族たちは皆、第一王子アレクシスの言葉を聞いていた。そして、ルミエラの涙を見ていた。真実を知らなければ、そう思い込んでしまうのも無理はない。


「教えてくれてありがとう」


「申し訳ございません・・・」


「ううん。知らないより、ずっといいわ」


私は小さく微笑み、再び歩き始めた。


庭園の奥には、幼い頃から私たち姉妹お気に入りの東屋がある。白い柱には蔦が絡まり、周囲を色鮮やかな花々が囲んでいた。


「リリー?」


聞き慣れた声に振り返る。


「お姉様!」


ローゼリアの声のする方に思わず駆け寄った。


「あらあら、走って大丈夫なの?」


「はい!体調はだいぶいいですし、お医者様のお散歩の許可をいただきました」


「ふふふ、それなら安心ね」


ローザリアは私の隣へ腰を下ろした。二人で並んで庭園を眺める。風が花びらを運び、小鳥たちが枝から枝へ飛び移っていく。


穏やかな時間だった。


「綺麗ね」


ローザリアがぽつりと呟く。


「そうですね」


「来年も、この薔薇が見られるかしら。」


その言葉の真意を考える間もなく私は答えた。


「見ましょう」


ローザリアが少し驚いたように私を見る。


「来年も、再来年も、その先も、ずっと。」


私は微笑んだ。


「だから、お姉様これからは一人で抱え込まないでください!私は、お姉様と一緒に未来を歩きたいんです!」


ローザリアの青い瞳が優しく細められる。


「・・・ありがとう、リリー」


その笑顔を見て、私は心から思った。


絶対に守る。


この笑顔を。


家族を。


ブルームフィールド家を。


その時だった。


「失礼いたします。」


落ち着いた声とともに、一人の男性が東屋へ近づいてくる。


執事のエドガーだ。


「リリアーナ様、ローザリア様、お客様がお見えでございます。」


「私たちに?」


「はい」


エドガーは静かに一礼する。


「ヴァイス侯爵家嫡男、エリオット・ヴァイス様がお越しになっております。」


その名を聞いた瞬間、胸が大きく脈打った。


エリオット・ヴァイス。


侯爵家嫡男。


近衛騎士団長の息子。


国内屈指の剣士と称される若き騎士。


そして――


婚約破棄の日。


第一王子アレクシスのすぐ傍らで、ルミエラを守るように立っていた人物。ゲームでは攻略対象の一人だった。けれど今の彼は、ルミエラを信じ、ブルームフィールド家を疑っている。


そんな彼が、どうしてこの屋敷へ……?


「応接室へお通ししております。」


エドガーが静かに告げる。


私はローザリアと視線を交わし、小さく頷いた。


「・・・分かりました。」


ゲームにはなかった出来事。だからこそ、何が起こるか分からない。

けれど私は、もうゲームだけを信じたりはしない。


自分の目で見て。


自分の耳で聞いて。


そして、自分の心で真実を見極める。


その決意を胸に、私はエドガーの後を追って応接室へ向かった。

読んで頂きありがとうございます。

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