↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲けば冥府も春  作者: 連


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/27

父の書斎

公爵家の廊下は、朝の柔らかな陽光に包まれていた。窓から差し込む光が赤い絨毯を照らし、静かな屋敷に小鳥のさえずりだけが響いている。


私は執事エドガーの案内で、お父様の書斎へ向かっていた。昨日までなら、この扉の向こうへ呼ばれることなど滅多になかった。


けれど今日はお父様が、私を呼んでいる。


重厚な木製の扉の前でエドガーが立ち止まる。


「旦那様、リリアーナ様をお連れいたしました。」


「入ってくれ。」


落ち着いた父の声が返ってきた。


エドガーが静かに扉を開き、私は一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。


壁一面を埋め尽くす本棚。


年代物の机。


窓際には手入れの行き届いた観葉植物が置かれ、部屋全体に落ち着いた木の香りが漂っている。机の前に立っていた父――レオナルド・ブルームフィールドは、私を見ると表情を柔らかくした。


「来てくれたか。」


「お父様、どういった用向きでしょうか?」


私は一礼する。


父は向かいのソファへ視線を向けた。


「まずは座りなさい。」


促されるまま腰を下ろすと、父も向かいへ座った。


しばらく無言だった。どちらも、何から話そうか迷っているようだった。


やがて父が静かに口を開く。


「……体調はどうだ。」


「だいぶ良くなりました。今も庭園を散歩していたんですよ」


そう答えると、父は少しだけ眉をひそめた。


「そうか・・・でも医者からは安静にと言われているのだ。あまり無理はするな。」


その声音は、公爵ではなく、一人の父親そのものだった。


私は自然と微笑む。


「はい」


父も小さく頷く。


その表情を見ていると、昨日見た苦しそうな顔が嘘のようだった。


・・・いや。


きっと、お父様は私を安心させようとしているのだ。


穏やかな沈黙が流れる。


やがて父は、小さく息をついた。


「昨日のことだが・・・」


私は思わず背筋を伸ばし尋ねる。


「国王陛下とのお話、ですよね」


父は少し驚いたように目を瞬かせ、それから苦笑した。


「やはり気付いていたか」


「・・・少しだけ」


本当は応接室の前まで行って聞き耳を立てていました、とは言えない。


父は私の表情を見つめると、静かに言った。


「お前が気になるのも無理はない」


「だが――」


その声は少しだけ重くなる。


「まだ話せないことがある」


私は黙って頷いた。きっと、そうだろうと思っていた。


建国以来の真実。


二柱の女神。


冥婚。


教皇。


どれも簡単に話せる内容ではない。


父は私の様子を見て、穏やかに微笑んだ。


「隠したいからではない・・・お前たちを守るためだ」


その言葉に胸が温かくなる。


「だが、一つだけ覚えておきなさい」


父の青い瞳が真っ直ぐ私を見据える。


「教会を、決して無条件で信じてはいけない」


私は目を見開いた。


教会を・・・信じるな?


ゲームでは、教会は正義だった。聖女を支え、人々を導く存在。だからこそ、ブルームフィールド家は悪として裁かれた。


――そのはずだった。


その常識がまた一つ揺らぐ。


「もちろん、教会に善き者がいないと言っているわけではない」


父は静かに言葉を続ける。


「だが、権力を持つ組織である以上、そこには様々な思惑が渦巻く。誰かが『正しい』と言ったから正しいわけではない。」


「大切なのは、自分の目で見て、自分の頭で考えることだ」


その言葉に、胸がどきりと鳴る。


まるで、私が昨日ノートに書いた言葉を見透かされたようだった。


ゲームの知識は地図。でも、歩くのは私自身。


父は知らないはずだ、私がそんなことを書いたなんて。それでも、その言葉は不思議なほど重なって聞こえた。


父は話題を変えるように咳ばらいをし微笑む。


「学園についてだが、しばらくは休学とする」


「え・・・」


思わず声が漏れる。


「今のお前を無理に登校させるつもりはない。それに、王宮でも今回の件の調査が進んでいる。しばらくは屋敷で静養しなさい」


私は小さく頷いた。


確かに、今は頭を冷やす時間も必要だ。


父は立ち上がり、窓の外へ目を向ける。


「だが」


その背中越しに、静かな声が響く。


「いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。いずれ、お前もローザリアも学園へ戻ることになる。」


その言葉に、私は息を呑む。


学園へ戻る。つまり、またアレクシス殿下や聖女たちと顔を合わせることになる。

不安がないと言えば嘘になる。


けれど、私はもう以前の私ではない。


父は振り返り、優しく微笑んだ。


「焦らなくていい、今は身体を治しなさい。」


私は立ち上がり、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、お父様。」


書斎を出ようとした、その時。


「リリー」


久しぶりに呼ばれた愛称に、私は振り返る。父は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「人は時に、思い込みで真実を見失う。だからこそ、お前はお前自身の目で見て、お前自身の心で決めなさい。」


私は静かに頷いた。


「・・・はい。」


その返事には、不思議と迷いはなかった。


ゲームの知識は、きっとこれからも私を助けてくれる。未来を知る手掛かりにもなるだろう。


でも、それだけでは足りない。


この世界は、ゲームではない。私はこの世界で生きる一人の人間として、自分の目で真実を見つけていく。


そう胸に誓いながら、私は静かに書斎の扉を閉めた。

読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。