↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲けば冥府も春  作者: 連


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/27

地図と現実

翌日。


医師からは「絶対安静」と念を押されたものの、頭の痛みは昨日よりずいぶん和らいでいた。窓の外では小鳥がさえずり、春の風が白いレースのカーテンを揺らしている。


穏やかな朝。


けれど、私の頭の中だけは少しも穏やかではなかった。


ベッドの上で膝を抱え、小さく息を吐く。


「整理しよう・・・」


一人、小さく呟く。


考えなければならないことが、多すぎる。


まず間違いないのは―


ここは、前世で遊んだ乙女ゲーム『双聖のアルディオン』の世界だということ。

登場人物たち


王国も


教会も


聖女も


知っている名前ばかりだった。


けれど。


「ゲームと同じじゃない・・・」


私は小さく呟く。


ゲームでは、ブルームフィールド公爵家は、傲慢で残虐な悪役一族だった。


父は冷酷。


母は娘を利用するだけの女。


姉は聖女へ嫌がらせを繰り返す悪役令嬢。


そして私は、その妹。


同じように傲慢で、公爵家の権威を笠に着て好き放題振る舞う少女として描かれていた。

最後には一家そろって断罪され、処刑される。


それが、ゲームのシナリオ。


でも・・・


私はゆっくり目を閉じる。


あの日

私を抱き締めて泣いたお姉様。


震える手で頬を撫でてくれたお母様。


「守れなかった」と苦しそうに謝ったお父様。


あれが演技だとは、とても思えない。


それに、昨日、お父様と国王陛下が話していたこと。


教皇。


二柱の女神。


冥婚。


建国以来守られてきた真実。


どれもゲームには登場した言葉だった。けれど、その意味までは語られていなかった。私は枕元に置かれたノートを手に取る。

前世の癖だろう。考えを整理したい時は、書き出すのが一番だった。


羽ペンを手に取り、インクを含ませる。


――そこで、ふと手が止まった。


待って


この世界の文字で書けば、誰かに読まれてしまう。


前世の記憶。


ゲームの知識。


今の私にとって、それは何より大切な切り札だ。


「・・・そうだ。」


私は小さく笑う。


前世で当たり前のように使っていた文字なら、この世界の誰にも読めない。


私は迷うことなく、日本語で最初の見出しを書いた。


【ゲームで知っていること】


・舞台はアルディオン王国


・教会が絶大な権力を持つ


・双子の暁の女神が信仰されている


・双子の聖女(ルミエラ・ルシエラ)が主人公


・ブルームフィールド家は悪役


・冥婚は邪悪な儀式


・姉は婚約破棄される


・一家は断罪される


私は一息つく。


そして、横へ新しく見出しを書いた。


【現実】


・家族は優しい


・国王は父を信頼している


・父も国王も教皇を警戒している?


・冥婚は邪悪な儀式ではない


・建国以来守られてきた真実がある


「んー」


書けば書くほど。


二つは噛み合わない。


いや、正確にはゲームでは語られていないことが、多すぎる。


私はふと窓の外を見た。


ゲームでは、教会は絶対の正義だった。そして聖女は希望の象徴だ。

誰も疑わなかった。私だって、そうだった。だからブルームフィールド家は悪なのだと、何の疑問も抱かなかった。


「でも」


私は昨日見たルミエラの笑みを思い出す。


王子の袖を掴みながら流した涙。


あれほど儚げだった少女が。


誰にも見えない角度で、笑っていた。


あの笑みだけは忘れられない。


「あれが・・・聖女?」


胸の奥がざわつく。


そして、もう一人の聖女ルシエラ。ゲームでは、ルミエラの双子の妹。優しく、控えめで、姉を支える聖女。


……まだ私は直接会っていない。


だから分からない。


ゲームのままなのか。


それとも――。


「駄目。」


私は首を振る。決めつけるのは早い。


ゲームだけを信じるのも。


現実だけを見るのも。


そのどちらも危うい。


ゲームの知識は、きっと役に立つ。


未来を知る手掛かりにもなる。


けれど。


ゲームは、私にこの世界のすべてを教えてくれるわけじゃない。


私はノートの最後に、日本語で一文だけ書き加えた。


『ゲームの知識は地図になる。けれど、地図は道そのものじゃない。』


その下へ、さらに続ける。


『私はゲームを知っている。だからこそ、ゲームに縛られない。』


目の前の景色を見ずに、地図だけを信じれば、きっと道を誤る。私はこの世界で見て、聞いて、考えて、自分自身の答えを見つける。


そのためにも――


「まずは、生き残らなくちゃ。」


そう呟いた、その時だった。


コンコン。


部屋の扉が静かに叩かれる。


「リリアーナ様。失礼いたします。」


入ってきたのは、公爵家に長年仕える執事エドガーだった。


「旦那様がお呼びです。」


「お父様が?」


「はい。お身体に負担がなければ、書斎までお越しいただきたいとのことです。」


私は手元のノートをそっと閉じ、机の引き出しの一番奥へしまい込む。


この世界で、日本語を読める者は、おそらく私しかいない。このノートは、私だけの切り札だ。


私は静かに立ち上がる。


「……行きます。」


お父様は、私に何を話そうとしているのだろう。


ゲームにはなかった出来事。けれど、もう私はそれを恐れてはいなかった。


ゲームの知識は地図になる。


でも、歩くのは私自身だ。


私は書斎へ向かって、一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。