王の訪問2
私への謝罪が済み、落ち着いたころを見計らい侍女長が紅茶をを部屋に運んできた。
花のように甘く華やかな香りと紅茶の温かさに、室内に流れていた緊張感は解かれ和やかな空気になる。
「・・・して、ブルームフィールド公爵」
「お主とこうやって話すのも久しぶりだな」
そういうと、王は目を細め懐かしむように父を見た。
その視線に何かを感じたのだろう。
「リリアーナ、そろそろ部屋に戻りなさい。ゆっくり休むんだ。」
「エレノア、ローゼリア。2人ともリリアーナを部屋まで連れて行ってあげなさい」
◇◇◇
室内に静寂が流れた。
今はアルディオン国王アルフォンスと、ブルームフィールド公爵レオナルド、ただ二人だけだった。
しばらく沈黙が続く。
やがて国王は、小さく息を吐いた。
「……すまなかった。」
王としてではない。一人の父親としての声だった。
レオナルドは静かに首を横へ振る。
「陛下がお詫びになることではございません。」
「いや。」
アルフォンスは苦々しく目を伏せる。
「余が父として、アレクシスを正しく導けなかった。」
重い沈黙が落ちる。窓の外では小鳥のさえずりだけが聞こえていた。
「娘君は。」
「幸い、命に別状はありません。」
「・・・そうか。」
その一言に、安堵が滲む。だが次の瞬間、国王の表情は険しくなった。
「レオナルド」
「はい。」
「アレクシスは……教会に利用されていると思うか。」
その問いに、レオナルドは迷うことなく答えた。
「ええ。私も、その可能性が高いと考えております。」
アルフォンスはゆっくり目を閉じた。
「やはりな……。」
「聖女が現れてからだ。」
「あれほど聡明だった息子が、まるで別人のようになってしまった。」
「以前のアレクシス殿下であれば、女性へグラスを投げつけるなど決してなさいません。」
レオナルドの言葉に、国王は静かに頷いた。
「余もそう信じたい。」
再び沈黙。
その空気を破るように、国王は低く呟いた。
「……教皇は、少々急ぎ過ぎたようだな。」
レオナルドの瞳が僅かに細まる。
「ええ、まさか聖女を“表舞台に出す”とは思っておりませんでした。」
国王は腕を組み、深く考え込む。
「こちらの準備が整う前に動くとは……」
「いよいよ、建国以来守られてきた均衡が崩れ始めたのかもしれんな。」
その言葉に、レオナルドは静かに目を伏せた。
「できることなら、その日は来てほしくありませんでした。」
「だが、避けては通れぬ。」
「はい。」
短い返事だった。しかし、その重みは何よりも雄弁だった。
国王はふと思い出したように顔を上げる。
「……司教殿は。」
「ご健在です。」
「そうか。」
それだけで十分だった。互いに、それ以上は口にしない。長い年月を共に過ごした二人だからこそ通じる沈黙だった。
◇◇◇
母と姉に部屋まで送られ、安静にするよう言われたのだが・・・やはり国王と父の会話が気になる。
昨夜からの一連の騒動と国王の訪問で疲労の色が見て取れた母と姉を帰し、私は一人部屋を抜け出した。
そして今応接室の扉の前にいる。
閉じられた扉の向こうから、微かに父たちの声が聞こえてきた。
「……建国以来の……」
聞き取れない。
けれど。
「二柱の女神……」
思わず足が止まる。
二柱の女神?
この国で崇められている、ルクシア様とノクティア様のこと・・・?
「……冥婚は……」
冥婚。
それは、ブルームフィールド家が代々受け継いできた秘儀。
「……教皇が……」
教皇?
どうして教会が、お父様たちの話に・・・?
胸がざわつく。
ゲームでは、こんな話は一度も出てこなかった。
その時だった。
「リリアーナ様」
「ひゃっ!」
突然後ろから声を掛けられ、思わず肩を跳ねさせる。振り返ると、侍女が困ったように微笑んでいた。
「お加減はいかがですか?」
「あ、う、うん……ありがとう。」
その間に、応接間の話し声は聞こえなくなってしまった。
私は閉じられた扉を見つめる。
どれも、ゲームにも登場していた言葉だった。
――ブルームフィールド公爵家。
――冥婚。
――聖女。
――教会。
知っている。
前世で遊んだ乙女ゲーム『双聖のアルディオン』の中にも、確かに存在していた。
けれど、それはただの“物語の設定”として認識していただけのものだった。
現実の重みとは、まるで違う。
――そう思いかけた時、私はふと気づく。
ゲームでは。
ブルームフィールド公爵家は邪悪な一族だった。
父は冷酷で。
母は娘を道具としか見ず。
姉は傲慢な悪役令嬢。
そして一家は断罪され、処刑される。
――それが、私の知るシナリオだった。
けれど、目の前で涙を流したお姉様は、本当に悪女だっただろうか。
私の手を震えながら握ってくれたお母様が。
娘を守れなかったと苦しむお父様が。
そんな人たちが、ゲームで語られたような邪悪な人間だとは、とても思えない。
ここは確かに、前世で遊んだ『双聖のアルディオン』の世界だ。
けれど――
胸の奥に、言葉にならない違和感が沈んでいく。
これは本当に「物語」なのだろうか。
それとも。
ただ、私がそう思い込んでいただけなのだろうか。
ここはゲームではない。私たちにとっては、紛れもない現実だ。誰もが笑い、誰もが涙を流し、傷つき、誰かを愛して生きている。その人生を、たった一本のシナリオで決めつけていいはずがない。
だから私は信じる。目の前にいる家族を。
そして、この世界で私が見て、感じた真実を。
必ず守る。
お父様も、お母様も、お姉様も。
そして――ブルームフィールド家を。
――けれど、その“違和感”は、この時すでに形を持ち始めていた。




