王の訪問1
「・・・王宮か。」
執事の報告を聞いたレオナルドの声は、驚くほど低かった。
いつも穏やかな父からは想像もできないほど冷たい声音に、部屋の空気が張り詰める。
「娘が命を落としかけた翌日に、今さら何の用だ。」
その瞳には、静かな怒りが宿っていた。
私は思わず息を呑む。
お父様が怒っている。私のために。
「あなた」
母が静かに父を呼んだ。
レオナルドは小さく目を閉じ、深く息をつく。
「……すまない。取り乱した。」
そう言って私の方へ視線を向ける。
「リリアーナ。陛下がお見えになる以上、公爵家としてお迎えせねばならん。だが無理はするな。」
「私は大丈夫です、お父様。」
「無理をする子ほど、そう言うものだ。」
苦笑を浮かべながらも、その眼差しはどこまでも優しかった。
ゲームのレオナルドは、こんな人ではなかった。娘よりも家の利益を優先し、感情を表に出さない冷徹な公爵。
けれど目の前の父は違う。一人の父親として、私を心から案じている。
◇◇◇
一時間ほどして、屋敷の前に一台の馬車が止まった。王家の紋章が刻まれた漆黒の馬車。
護衛は最小限。大げさな行列もない。本当に見舞いのためだけに訪れたのだと分かる。
応接間へ移動した私は、家族と共に国王を迎えた。
「アルディオン国王陛下のご到着です。」
執事の声と共に扉が開く。
部屋へ入ってきた男は、五十代半ばほどだろうか。黒髪には白いものが混じり、鋭い黄金の瞳には長年国を治めてきた威厳が宿っている。豪奢な王冠は身につけておらず、落ち着いた礼装だけをまとっていた。それでも誰もが理解する威厳。この人がこの国の頂点だ。
父と母、そして姉が礼を取る。
私も慌てて頭を下げようとした、その時だった。
「よい。」
低く、それでいて穏やかな声が響く。
「怪我人にそのような無理はさせぬ。」
思わず顔を上げる。
国王は私を見つめ、小さく目を細めた。
「リリアーナ嬢。」
「……は、はい。」
「傷の具合はどうだ。」
「もう……大丈夫です。」
「そうか。」
短い返事だった。だが、その声音には安堵が滲んでいるように聞こえた。
――どうして?
ゲームでは、国王はこんな人じゃなかった。
王子の判断を支持し、ブルームフィールド家の断罪を黙認した人物。少なくとも、悪役公爵家の娘である私を気遣う場面など一度もなかったはずだ。
「此度の件。」
国王は静かにレオナルドへ向き直る。
「余の監督不足であった。ローゼリア嬢にも大変申し訳ないことをした」
部屋の空気が止まる。
「陛下……。」
「謝罪に参ったのだ」
王が、公爵へ頭を下げようとしている。信じられない光景だった。
慌てて父が一歩前へ出て止める。
「どうか、お顔をお上げください。」
「しかし――」
「陛下が謝罪なさることではございません。」
二人のやり取りを、私は呆然と見つめていた。
─何・・・これ、ゲームと全然違う
知っているはずの世界が、音を立てて崩れていく。
私が知っている『双聖のアルディオン』と、この現実は、あまりにも違いすぎた。
読んで頂きありがとうございます。




