悪役公爵家3
規則正しい時計の音が部屋に響く。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、ゆっくりと瞼を照らした。
「・・・んん」
重い瞼を開くと、見慣れた天蓋が目に入る。
ここはブルームフィールド公爵家の屋敷、私の部屋だ。
どうやら家に無事帰ってこられたらしい。
額には包帯が巻かれ、鈍い痛みだけが残っている。
「お姉様・・・」
かすれた声が漏れる。
ベッドサイドで手を握ってくれていた姉は、静かな寝息を立てていた。
その美しい顔は泣き腫らし、目元は真っ赤になっている。
─ずっと看病してくれていたのね。
そっと指先に力を込める。
その僅かな動きに気づいたのか、ローザリアはゆっくりと目を開いた。
「リリー・・・?ああ、よかった!」
そのまま私を抱きしめるローゼリア。
「あなたが倒れて・・・本当に心配したんだから!私を庇うなんて・・・ごめんなさい・・・」
肩が震えている。
あんなに気丈だった姉が、子どものように泣いていた。
前世の記憶が戻ったからか私は少し戸惑う。
・・・違う
ゲームのローザリアは、こんな人じゃなかった。
妹を見下し、自分さえ良ければいいと考える悪役令嬢。リリアーナが傷つこうが気にも留めなかったはずだ。
なのに
「本当に・・・目を覚ましてくれてよかった・・・。」
目の前のローザリアは私を抱きしめ泣いている。
「私なら大丈夫です、お姉様こそお怪我ございませんでしたか?」
自然と言葉がこぼれる。
その瞬間、ローザリアはまた涙を浮かべた。
「大丈夫じゃありません! お医者様はあと少し当たり所が悪ければ命も危なかったと・・・!私の心配なんかいいのよ・・・」
「お姉様・・・。」
「私のせいで・・・!」
私は静かに首を振った。
「違います。」
「え?」
「お姉様は何も悪くありません!」
悪いのは。
あの馬鹿王子だ。
喉まで出かかった言葉を、どうにか飲み込む。
その時だ。部屋の扉が開いた。
「リリアーナ!」
母、エレノア・ブルームフィールド、そして父、レオナルド・ブルームフィールドが駆け込んできた。
二人とも、どこか疲れ切った表情をしている。
「お父様、お母様・・・」
エレノアはゆっくりとベッドの傍らへ歩み寄り、私の頬へ優しく手を添えた。
「目を覚ましてくれて、本当にありがとう。」
その瞳には涙が滲んでいる。
ゲームでは冷酷で、娘を道具のように扱う母だった。目の前の女性は、まったく当てはまらない慈悲深い淑女であり、ただ娘を心配する母親だった。
父も静かにベッドのそばに立つ。
「・・・すまなかった。」
「え・・・?」
「父親でありながら、お前を守れなかった。」
レオナルドは苦しそうに目を伏せる。
その姿を見て、胸が締めつけられた。
違う。
こんな人たちじゃなかった。
ゲームのブルームフィールド公爵は、娘たちを利用する冷酷な男だった。
母も姉も同じ。誰一人として家族を愛してなどいなかった。
けれど、今ここにいる家族は違う。
誰もが私を心配し、私のために涙を流している。
違う
ゲームとは、何もかも違う。
私はゆっくりと目を閉じた。
よみがえった記憶
前世で遊んだ乙女ゲーム『双聖のアルディオン』。
主人公は双子の聖女。
第一王子と第二王子、それぞれと恋に落ちる物語。
その中でブルームフィールド公爵家は、邪悪な悪役として断罪され、一家は処刑される。
・・・それが、私の知っているシナリオだった。
でも違う。
ゲームが間違っている。
こんな優しい家族が悪人なはずがない。
誰よりも人を思い、誰よりも家族を愛している。
そんな人たちが滅びる未来など、絶対に認められない。
私は心の中で静かに誓った。
必ず守る
お父様も、お母様も、お姉様も
そして、ブルームフィールド家を
その決意を胸に抱いた時だった。
コンコン、と控えめなノックが響く。
「失礼いたします。」
部屋へ入ってきたのは、公爵家に長年仕える執事だった。
「旦那様。」
「どうした。」
「王宮より使者がお見えです。」
父が僅かに眉をひそめる。
「……内容は?」
「国王陛下より、『リリアーナ嬢の容体を案じている。一度、公爵家を訪ねたい』とのことです。」
その言葉に、部屋の空気が止まった。
─え?
私は思わず目を見開く。
そんなイベント―ゲームには、存在しなかった。
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