凪と波
レオン様が正体を明かしてから、数日が過ぎた。それからというもの、レオンはよく別荘へ顔を出すようになった。最初は「近くまで来たから」と笑っていたけれど、最近では誰もそんな言葉を信じていない。
「こんにちは」
玄関先から聞こえてくる明るい声。使用人が扉を開けるより早く、お姉様がぱっと立ち上がった。
「レオン様・・・!」
嬉しそうに微笑むお姉様を見て、私は思わず口元が緩む。あの日まで、お姉様は誰かが訪ねて来ても、こんな表情は見せなかった。それが今は・・・玄関から聞こえる声だけで、自然と頬が緩んでしまう。そんな変化が、私は嬉しかった。
「今日はこれ」
レオン様が差し出したのは、小さな包みだった。
「この前、街で見つけたんだ。ローザリアなら似合うかなって」
「私に?」
包みを開くと、中には淡い水色の髪飾りが入っていた。派手ではないけれど陽の光を受けると、小さな魔石がきらりと輝く。
「綺麗・・・」
お姉様が嬉しそうに呟く。
「付けてみてもいい?」
「もちろん」
髪へそっと飾ると、水色の花飾りはお姉様の金色の髪によく映えた。
「・・・うん、思った通り」
レオン様は満足そうに笑う。
「すごく似合ってる」
「ありがとうございます・・・」
照れたように笑うお姉様を見て、私は心の中で思わずガッツポーズをした。
─いいぞレオン様!
以前なら「贈り物なんていただけません」と遠慮していたお姉様が、今は素直に受け取り、嬉しそうに笑っている。それだけ心を開いている証拠だった。
◇◇◇
彼は贈り物だけを持ってくるわけではない。王都の様子も、少しずつ教えてくれていた。
「兄上は相変わらずだよ」
紅茶を飲みながら、レオン様は苦笑する。
「周りの言葉が全然耳に入ってない」
「・・・そうですか」
お姉様は静かに頷く。以前なら、その話題だけで表情を曇らせていた。でも今は落ち着いて話を聞けるくらいには、前を向けるようになっていた。
「ただね」
レオン様は少しだけ真面目な顔になる。
「王宮の中でも意見は割れてる」
「割れている?」
「兄上を支持する人もいれば、『あの婚約破棄は稚拙だった』って考える人もいる」
その言葉に、お姉様と私は顔を見合わせた。
「もちろん、大っぴらには言えないけどね」
レオン様は肩をすくめる。
「父上も、全部を兄上任せにはしてない」
国王陛下は、舞踏会で起きた出来事を静かに見つめているそうだ。その事実だけでも、少し希望が見えた気がした。
◇◇◇
その日の午後。
ブルームフィールド家の執事、エドガーが王都からやってきた。
「お嬢様」
いつも通り落ち着いた一礼。その姿を見ると、不思議と安心する。
「王都の状況をご報告いたします。」
エドガーが持ち帰った情報も、レオン様の話とほぼ一致していた。
第一王子を支持する貴族
婚約破棄に疑問を抱く貴族
静観を続ける国王
少しずつではあるけれど、水面下で流れが変わり始めている。
「焦る必要はございません」
エドガーは穏やかに言う。
「事実は、いずれ明らかになります」
「ありがとう、エドガー」
お姉様の声も穏やかだった。以前なら不安ばかり募っていた報告も、今は落ち着いて受け止められている。きっと隣に信じてくれる人がいるからだ。
◇◇◇
数日後。
レオン様が珍しく少し急いだ様子で別荘を訪ねてきた。
「ローザリア嬢、リリアーナ嬢」
「どうされたのですか?」
私が尋ねると、彼は一度周囲を確認してから声を潜めた。
「ちょっと気になる情報が入った」
空気が変わる。さっきまでの穏やかな雰囲気が消えた。
「魔塔に一人の魔法使いが来る」
魔塔・・・王国内最大の研究施設であり国内中の魔法使いが憧れる場所だ。
「誰ですか?」
私が尋ねると、レオン様は静かに答えた。
「シリウス」
その名前を聞いた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
─シリウス・・・!
ゲーム攻略対象の一人であり、"魔塔の天才"と呼ばれる青年。あの日聖女の周りにいた攻略対象の一人だ。
「どうして、その人が・・・?」
「詳しい目的はまだ分からない。」
レオン様は首を横に振る。
「でも、魔塔側もかなり歓迎しているらしい。」
ゲームでは、この時期にシリウスがセレスへ来るイベントなんてなかった。
まただ。少しずつ、ゲームのシナリオが変わり始めている。
私は無意識に拳を握った。この出会いは、きっと偶然じゃない。
そんな予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいった。




