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花咲けば冥府も春  作者: 連


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23/27

茜色に染まる

 翌日、約束の時間に町へ向かうと、昨日訪れた雑貨屋の前でレオンさんが待っていた。


「おはようございます。今日はいい天気ですね」


 彼は柔らかな笑みを浮かべて手を軽く挙げた。その姿は昨日と何も変わらない。気取らない話し方、穏やかな目元。まるでこの町で生まれ育った青年のようだった。


……けれど、私は知っている。


 この人が、アルディオン王国の第二王子、レオンハルト・アルディオンだということを。

何度見ても信じがたい。王族というものは、もっと近寄りがたい存在だと思っていたのに。彼から感じるのは威圧感ではなく、不思議な安心感だった。

 隣のお姉様も、嬉しそうに小さく微笑んでいる。その表情を見ていると、今は余計なことを考えなくてもいいのかもしれないと思えた。


「では、行きましょうか」

「はい」

私たちはレオンさんの案内で、ゆっくりと町を歩き始めた。

◇◇◇

 最初に連れて行かれたのは、小さな焼き菓子店だった。店先から甘いバターと砂糖の香りが漂ってくる。レオンさんは少し照れたように笑った。


「ここのお菓子、町では人気なんですよ。僕もつい買ってしまうくらいで」


「まあ、レオンさんも?」


お姉様が意外そうに目を丸くすると、彼は肩をすくめた。


「ええ。甘いものには弱くて……我慢する理由って、あまりないと思いませんか?」


その言葉に、お姉様がくすっと笑った。


「確かに、そうですわね」


二人の自然なやり取りを見ていると、私の頰も自然と緩んだ。

レオンさんは、相手に気を遣わせないのが本当に上手い。気がつけば、私たちも肩の力がすっかり抜けていた。


◇◇◇


町を歩いている途中だった。

突然、前を歩いていた小さな女の子が躓いて転んだ。


「あっ・・・」


お姉様が咄嗟に駆け寄った。私も慌ててその隣にしゃがみ込む。


「大丈夫? 痛いところはない?」


女の子は涙を浮かべながら小さく首を振ったが、その顔には不安がはっきりと残っていた。


「・・・お母さんとはぐれちゃったの」


お姉様は優しく微笑んで、女の子の手をそっと握った。


「大丈夫よ。一緒に探しましょう」


その声は、公爵令嬢として完璧に整えられたものではなく、ただ目の前で困っている子を安心させたいという、一人の女性としての優しさだ。


するとレオンさんは周囲を見渡した後、女の子に柔らかく笑いかけた。


「高いところから探した方が、お母さんを見つけやすいかもしれないね」


次の瞬間、女の子が楽しそうな声を上げる。


「わぁ!」


レオンさんが、女の子を軽々と肩車していたのだ。


「どう? 少しは見える?」


「見える!」


「じゃあ、一緒に探してみようか」


女の子は嬉しそうに周囲を見渡し、レオンさんは優しい笑顔のまま歩き始めた。


その姿を見ながら、私は静かに思った。

この人は、本当に自然にこういうことができる。第二王子だからではない、誰かに命じられたからでもない。ただ、目の前で困っている人を助けたいと思ったから。


――この人は、悪い人じゃない。


そう、素直に思えた。


◇◇◇


女の子のお母さんを見つけた頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。


「最後に、俺のお気に入りの場所にご案内しますね」


レオンさんが連れてきてくれたのは、町の中心にある古い時計台だった。長い階段を上り、頂上に出た瞬間、息を呑んだ。


夕日に染まるセレスの町並み。

少しずつ灯り始める家々の明かり。

遠くまで広がる緑と空のグラデーション。


「綺麗・・・」


お姉様が小さく呟いた。

レオンさんはその横顔を優しく見つめながら言う。


「ここは、僕がこの町で一番好きな場所なんです」


穏やかな声だった。


けれど、次の瞬間、彼の表情が少しだけ真剣さを帯びた。


「・・・実は、お話があります」


お姉様が振り返る。


「僕は、レオンハルト・アルディオンです」


「・・・え?」


お姉様の目が大きく見開かれた。

当然だ。昨日から今日まで、彼をただの町の青年だと思っていたのだから。


「驚かせてしまいましたね」


レオンハルト様は困ったように笑った。


「改めて名乗ります。僕はアルディオン王国第二王子、レオンハルト・アルディオンです」


彼は静かに、しかしはっきりと言葉を続けた。


「最初から伝えるべきでした。でも、父上からお二人がこの町へ療養に来ると聞いた時……僕は、自分の目で確かめたいと思ったんです」


「確かめる・・・?」


「ええ、舞踏会で起きたこと、兄が下した判断、そして、そこで語られたこと・・・どうしても、気になる部分がありました」


彼の瞳に、王族としての真剣さが宿った。


「王子としてではなく、ただの僕として、お二人と接してみたかったんです」


そして、彼はお姉様を真っ直ぐに見つめた。


「ローザリア嬢は、兄が言ったような人ではありません。僕が見たあなたは、誰かを見下すような人ではなかった。困っている人に手を差し伸べて、周囲を大切にする人でした」


お姉様の瞳が揺れた。

きっと、ずっと欲しかった言葉だったのだろう。信じてもらえるということ。自分自身を、ちゃんと見てもらえるということ。


「僕は、お二人の味方です」


その一言に、お姉様の表情が少しずつほどけていった。


「・・・ありがとうございます」


その声は、公爵令嬢としてではなく、一人の女性としての、素直な響き。


「それから・・・もう一つ」


レオンハルト様は、少し照れたように微笑んだ。


「僕が正体を明かした理由は、それだけではありません」


お姉様が息を詰める。


「僕は・・・ローザリア嬢に惹かれてしまいました」


「・・・!」


お姉様の頰が、夕陽よりも赤く染まった。


「あなたと話している時間が、とても楽しかったんです。王族としてではなく、一人の人間として接することができた時間が」


彼は真っ直ぐにお姉様を見つめる。


「だから・・・少し気が早いお願いかもしれませんが」


夕焼けに染まる時計台の上で、彼は静かに言葉を続けた。


「もし、この先・・・あなたがもう一度、誰かを選べる日が来たなら、その時は・・・僕をあなたの隣に立つ相手として、考えてもらえませんか?」

読んで頂きありがとうございます。

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