セレスの町にて
セレス地方へ来てから、数日が過ぎた。最初は、王都で起きた出来事の余韻がまだ残ってから、お姉様も私も何かを考えている時間の方が多かったと思う。けれど、時間というものは不思議なものだ。何気ない日常を繰り返すうちに、少しずつ心が落ち着いていった。
特に、お姉様の変化は大きかった。王都にいた頃のお姉様は、いつも背筋を伸ばしていた。公爵令嬢として、第一王子の婚約者として、誰に見られても恥ずかしくない姿でいようとしていたのだ。けれど、ここでは違う。庭で咲いた花を見て足を止めたり、使用人と楽しそうに会話をしたりと、以前なら見せなかったような自然な表情が増えていた。そんなお姉様を見ていると、少しだけ安心する。あの日からずっと、強くあろうとしていた人だから。
「リリアーナ」
昼下がり、庭で本を読んでいた私にお姉様が声をかけた。
「少し町へ行ってみない?」
「町へ?」
「ええ。ずっと屋敷にいるのも退屈でしょう?」
そう言って笑うお姉様の顔には、以前のような無理をした笑顔ではなく、純粋な楽しみが浮かんでいた。
「ええ、いきましょう!」
お姉様の笑顔に嬉しくなった私が少し前のめりになって頷くと、お姉様も嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇
セレス地方の中心街は、王都とは全く違う雰囲気を持っていた。建物の数や規模では王都には及ばないけれど、人々の暮らしの中に魔法が自然に存在していた。店先には、小さな魔法石を利用した照明器具が並び、家庭向けの簡単な魔道具を扱う店も多い。店先に並んでいたのは、宝石のように磨かれた魔石ではなく、小さな灯りの魔道具や、料理を少し楽にするための道具だった。王都では珍しいものとして扱われる魔法が、ここでは生活の一部になっている。
「面白い町ですね!お姉様!」
私が言うと、お姉様も頷いた。
「ええ、王都とはまた違った魅力があるわね」
そう言いながら、楽しそうに周囲を見渡すその姿に私の心は温かくなった。
◇◇◇
しばらく歩いた先で、お姉様が足を止めた。
「あら・・・」
視線の先には、小さな雑貨屋があった。店先には、色とりどりの布や木製の小物が並べられている。
「少し見てもいいかしら?」
「もちろんです」
店の中は心が落ち着くような木の香りがした。棚には、日用品や小さな飾りが丁寧に並べられているが、高価な宝石や一流職人の作品ではない。そのどれもが誰かの生活に寄り添うような品ばかりだった。
「・・・可愛い」
思わず聞き逃しそうになるほど小さな声だった。振り返ると、派手な装飾はない小さな木製の飾り箱を手にしている。丁寧に磨かれた木の表面には優しい光沢があり、作った人の心遣いが伝わってくるような品だ。
「お姉様?」
声をかけると、お姉様は少し慌てたように笑った。
「ごめんなさいっ、少し珍しくて」
「珍しい?」
「ええ」
お姉様は箱を見つめながら答える。
「こういうものを見る機会は、あまりなかったから」
その言葉に、私はハッとした。お姉様の周りには、いつも高価なものがあった。美しいドレス、宝石、職人が時間をかけて作った芸術品。だから、こういう何気ない日用品を手に取る機会は少なかったのだろう。
「気に入られましたか?」
背後からの声に振り返ると、そこに青年が立っていた。青い瞳、金色の肩ほどまで伸びた髪を一つにまとめた姿。柔らかな笑みを浮かべるその青年は、どこか人を安心させる雰囲気を持っていた。
「すみません。あまりにも嬉しそうに眺めていらっしゃったので、つい声をかけてしまいました」
「ええ、とても素敵な品ですね」
「ありがとうございます。その箱を作った職人は、昔からこの町で暮らしている方なんです」
青年は箱を見ながら続ける。
「高価なものではありませんが、長く使ってもらえるように丁寧に作っているんですよ」
「この職人さんもとても素敵な方なのね」
お姉様が微笑み、青年も嬉しそうに頷いた。
「そう言っていただけると、作り手も喜ぶと思います」
そこから二人の会話が始まった。箱を作った職人の話、この町で暮らす人々の話、季節ごとに変わる町の様子。青年は決して自分のことを多く話すわけではないけれど、相手の話をよく聞き、自然に会話を広げていく。優しく話しかける青年に、楽しそうに聞くお姉様。
その二人の会話を聞きながら、私は青年の姿をぼんやりと見つめていると、ふと違和感を覚える。
─え?ちょっと待って・・・なんでこの人がここにいるの?いや、この顔、この雰囲気・・・間違えるはずがない・・・!
レオンハルト・アルディオン、第二王子・・・!
人当たりが良く、物腰柔らかな人物。でもゲームでこんな場面見たことがない・・・。
急な出会いに私の頭は混乱していた。でも、二人の姿はなんだかとっても・・・
気さくに話しかける彼と、そんな彼と話すお姉様。肩の力が抜けて楽しそうに話している。
─お似合いかもしれない
ふと、そんな考えが浮かぶ。王子と公爵令嬢、そんな関係ではなくただ二人の人間として見た時、自然にそう思えた。
◇◇◇
店を出た後、お姉様はどこか嬉しそうだった。
「リリアーナ」
「はい?」
「明日、レオンさんがこの町を案内してくださるそうなの」
「・・・え?」
思わず声が漏れる。案内?レオンハルト様が?もちろん、お姉様は彼の正体を知らない。ただ、この町に詳しい親切な店主だと思っている。
「楽しみね」
そう微笑むお姉様を見て、私は何も言えなかった。本来なら、止めるべきなのかもしれない。でも、今のお姉様の顔を見ていると、そんな気持ちにはならなかった。
「・・・そうですね」
私は小さく笑った。少なくとも今だけは。
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