sideアレクシス
――なぜ、こうなっている。
私は机の上に積まれた書類を眺めながら、深く息を吐いた。王族として処理しなければならない公務は、いつもと変わらず私の前にある。けれど、何度文字を追っても内容が頭に入ってこない。
どうしても、あの日の出来事が頭から離れなかった。
舞踏会、大勢の貴族が集まる中で、涙を浮かべる聖女。そして、その前に立っていたローザリア・ブルームフィールド。
あの日、私は決断した。長年、王家の婚約者として振る舞っていた彼女の本性を知った以上、見過ごすことなどできなかった。周囲を見下し、聖女を傷つけるような傲慢な令嬢。そんな存在を放置することが、王族として正しいことだとは思えなかった。
私は国を守る責任がある。だからこそ、聖女を守った。
それなのに――。
「・・・なぜだ」
思わず口から言葉が漏れる。あの日、全ては終わったはずだった。聖女が真実を語り、私は王族として判断を下し、ローザリアの罪は明らかになり・・・これで国は正しい方向へ進むはずだった。
しかし、現実は違った。
「しばらく離宮で過ごせ」
数日前、父上から告げられた言葉。表向きは休養。
だが、私には分かっていた。これは謹慎だ。私が第一王子であることを考えれば、到底納得できる扱いではなかった。その疑問が、胸の奥に残り続けている。
「私は間違っていない」
そう呟いて、自分に言い聞かせる。私は聖女を守っただけだ。傷ついた彼女を救っただけだ。それのどこが間違っているというのか。
だが、父上は納得していなかった。舞踏会で起きたことについて、改めて確認する必要があると言った。
ローザリアの告発についても、聖女の証言についても、を調べる必要がある、と。
理解できなかった。
なぜ、まだ確認する必要があるのか。
なぜ、すでに出た答えを受け入れようとしないのか。
あの日、誰もが見ていたはずだ。傷ついた聖女の姿を。そして、それに対するローザリアの態度を。それでもなお調査を続けるということは、まるで私の判断そのものを疑っているようだった。
「・・・ローザリア」
その名前を口にすると、胸の奥に苛立ちが広がる。あの女が、あの日に全てを認めていればよかったのだ。そうすれば、公爵家も王家も余計な混乱に巻き込まれることはなかった。なのに、彼女は最後まで抗った。自分には何の罪もないと言わんばかりに。まるで、私の判断が間違っているかのように。それが、どうしても許せなかった。
そして、もう一つ。
最近、私を苛立たせる存在がある。弟のレオンハルトだ。あいつは、あの事件以来何も言わない。ただ静かに、こちらを見ているだけだった。その穏やかな表情が、なぜか気に障る。まるで、私の判断を疑っているように感じるからだ。
昔からそうだった。レオンハルトは感情を表に出さず、何事も冷静に見つめる・・・そんなところが、昔から気に入らなかった。
「・・・何を考えている」
小さく呟く。だが、考える必要などない。私は第一王子だ。国のために判断したのだ、間違っているはずがない。
その時、扉が控えめに叩かれた。
「殿下」
侍従の声が響く。
「ルミエラ様からお手紙が届いております」
その名前を聞いた瞬間、不思議と張り詰めていた心が少しだけ軽くなった。
「入れ」
渡された封筒を開くと、そこには私を気遣う言葉が綴られていた。
心配していること、信じていること、私の味方であること。
その文字を見つめながら、私は静かに息を吐いた。やはり、彼女だけは分かってくれる。私が何を守ろうとしたのか、何のために決断したのか、もう迷う必要などない。
あの日、全ては決まったのだ。ローザリアの罪は明らかになった。それでもなお抗うというのなら、私は止めなければならない。
「・・・もう、容赦はしない」
静かに呟く。
私は第一王子なのだから。
国を守るためならば、どれほど大きな障害であろうと取り除く。
たとえ相手が、公爵令嬢であったとしても。
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