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花咲けば冥府も春  作者: 連


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19/27

私室にて

 自室へ戻ると、私は静かに扉を閉めた。窓から差し込む夕陽が部屋を淡い茜色に染め、机の上へ長い影を落としている。

 私は小さく息を吐きながら机の前へ腰を下ろし、引き出しの奥から一冊の革張りのノートを取り出した。舞踏会の夜、この世界が乙女ゲーム『双聖のアルディオン』の世界だと思い出した私は、忘れてしまわないうちに、覚えていることをすべて書き留めた。


攻略対象たちのこと、王家のこと、教会のこと、そして・・・私が知る未来。


 そのノートにはゲームの知識だけではなく、この世界で実際に見聞きしたことも書き加えられている。私はゆっくりとページを開き、そこに書かれた名前を見た。


 ――エリオット・ヴァイス。

その下には、舞踏会の夜に思い出せる限り書き留めた内容が並んでいる。


 ・王国騎士団副団長

 ・教会への信仰が厚い

 ・聖女様を誰よりも敬愛している

 ・正義感が強く、生真面目


 私はその文字を静かに眺めた。


ゲームでは、それしか知らなかった。実際に会った彼は、想像していた以上に真っ直ぐな人だった。

頑固なのではない。自分で考え、自分で納得した答えだけを信じる人。だから私は、答えを教えなかった。ほんの少し視点を変えさせ、あとは彼自身が歩き、自分の足で答えへ辿り着いた。


私はペンを取り、余白へ静かに一行だけ書き足す。


『自分で見つけた答えを信じる』


インクが紙へゆっくりと滲んでいく。私は満足そうに小さく頷くと、次のページをめくった。そこには、もう一人の名前。

 ――シリウス・アークライト。


 ・魔法学園始まって以来の天才

 ・人懐っこい性格

 ・聖女様を姉のように慕っている

 ・全属性適性を持つ魔法使い

 ・努力家


そこまで読んだところで、私は小さく息をついた。

ゲームでは、彼はいつも笑っていた。明るくて、人懐っこくて、誰からも愛される天才魔法使い・・・そして、努力家。

 けれど、その「努力」がどれほどのものなのかまでは、ゲームは教えてくれなかった。この世界へ来てから、学園内で彼を何度か見かけたことがある。朝早くから訓練場へ向かう姿、放課後も一人で魔法を繰り返している姿、ほんの短い時間目にしただけ。


それでも、その背中からは、誰よりも真摯に魔法と向き合っていることが伝わってきた。

私はペンを手に取り、余白へ短く書き加える。


 『想像以上の努力家』


その一文を見つめながら、私は静かに息を吐いた。ゲームが教えてくれたのは、その人の輪郭だけ。その人が何を考え、何に悩み、どれだけ努力しているのか。そこまでは教えてくれなかった。だから私は、この世界で出会った彼ら自身を見ようと思う。


 ふと、ページを閉じようとした手が止まる。脳裏に、一つの光景がよみがえった。


 赤く染まった空。

 制御を失った膨大な魔力。

 崩れ落ちていく王都。

 そして、その中心で、誰よりも悲しそうな顔をして立っていた一人の少年。


ゲームで見た、シリウスのバッドエンド。あの結末だけは、今でも鮮明に覚えている。私は静かにノートを閉じた。


窓の外では、夕陽がゆっくりと沈み始めていた。私は茜色に染まる空を見つめ、小さく呟く。


「次は――シリウス様」

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