揺らぎの正体
午後のひと時、私はお姉様と東屋で紅茶を飲みながら花壇を眺め、他愛もない話をしていた。すると庭の小道から声と同時にエドガーが姿を現す。彼は一歩東屋の前で立ち止まり、きちんと靴音を止めてから深く一礼した。
「失礼いたします。ローザリアお嬢様、リリアーナお嬢様、ヴァイス様がお見えでございます。」
私はカップを静かに置いた。
「そうですか」
お姉様が小さく瞬きをする。
「またいらしたのね」
私は立ち上がりエドガーに視線を向けた。
「今度は、ちゃんと話をしに来られたのでしょう、エドガー応接室へご案内してください」
「かしこまりました」
◇◇◇
応接室。
エリオット・ヴァイスはすでに席についていた。以前のような勢いはない。
ただ、どこか考え込むような沈黙が部屋に落ちている。
私たちが向かいのソファに座っても、エリオットはしばらく無言のままだった。
「本日はどういったご用件でしょう」
彼はしばらく言葉を探すように視線を落としたが、やがて重い口を開く。
「・・・教会へ行ってきた」
「そうでしたか」
「驚かないんだな」
「ヴァイス様なら、確かめに行かれると思っておりましたから」
エリオットはわずかに眉を動かす。
「原本を見せてもらったんだ・・・最初は拒まれた。だが王命だと伝えたら、渋々だが出してきた。」
私は何も言わずエリオットを見つめ、彼は続けて言った。
「内容に大きな矛盾はなかった。証言も整っていた。だが・・・」
彼は言葉を切った。
「妙だ」
お姉様が静かに問いかける。
「どのように、ですか?」
エリオットはしばらく沈黙したあと、言葉を選ぶように続けた。
「綺麗すぎる・・・一つの証言が、次の証言を補強している。最後には自然に結論へ繋がる。まるで最初から“そうなるように”組まれているみたいだ」
部屋が静まり返る。私はカップに視線を落とし小さく息を吐いた。
「ヴァイス様」
私の声に彼は顔を上げる。
「違和感があったのですね」
「ああ」
即答だった。
「俺は“個々の証言”を見ていたつもりだった・・・でも実際は、教会が整理し編集した“完成された資料”を見せられていただけだったのか?」
「ええ」
私は静かに言葉を重ねる。
「ヴァイス様がご覧になったのは、“証言の集まり”ではありません。それをまとめた、“一つの資料”です。」
エリオットの表情がわずかに揺れる。
私は続ける。
「では、その資料はどなたがまとめたのでしょうか」
「……教会の調査官だ。」
「そうですね」
「順番を決めたのは?」
「調査官だ」
「どの証言を重視するか決めたのは?」
「……調査官だ」
エリオットの声が少しずつ低くなる。
「結論を書いたのも、調査官だ。」
私は静かに頷いた。
「つまりヴァイス様が見ていたのは、個々の証言ではなく・・・」
彼は、膝の上の拳を握りしめ、俯きながら絞り出すような声で言う。
「“調査官が作り上げた流れ”か・・・・・・」
そして、低く呟く。
「・・・俺は、何を見ていた?」
その問いに、私はすぐには答えず、少しだけ間を置いてから言った。
「ヴァイス様は、正しいものをご覧になっていました」
エリオットが顔を上げ、私を見つめる。その瞳にこれまでの怒りはなく、ただ揺れたまま静かに焦点を結びかけていた。
「ただ、その“見方”が少し違っていただけです。」
静寂が落ちる。
やがてエリオットは、ゆっくりと息を吐いた。
「違和感の正体はそれか・・・教会そのものじゃない、教会の中の“誰か”だ」
その言葉にお姉様が目を見開いたのを横目で確かめ、静かに頷く。
「そこまで辿り着かれましたか」
エリオットはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。自嘲でも怒りでもない。ただ、理解に至った者の表情だった。
「俺はずっと、全部を同じものだと思っていた。教会も、証言も、聖女も。」
彼はゆっくりと視線を上げる。
「だが違うんだな・・・同じではない。」
私は紅茶を一口飲み、そして静かに言った。
「ええ、全てが同じではありません。」
エリオットは深く息を吐く。その目に、以前の迷いとは違う光が宿り始めていた。
読んで頂きありがとうございます。




