揺らぎ
◇◇◇
ブルームフィールド公爵邸を後にしても、胸の内の苛立ちは収まらなかった。石畳を踏みしめる足音だけが、静かな街路に響く。
「……何なんだ。」
思わず漏れた独り言は、春風に溶けて消えていく。リリアーナ・ブルームフィールド。
あの少女は証言を否定しなかった。なぜあれほど落ち着いていられたのか。
『私は証言を否定いたしません。ですが、その証言がどのように作られたのかは知りたいのです。』
「……くだらない。」
そう吐き捨てても、その言葉だけが頭から離れなかった。
◇◇◇
王宮へ戻ると、廊下では文官たちが慌ただしく書類を運んでいた。
「おや」
どこか楽しげな声が聞こえる。
「その顔を見る限り、あまり収穫はなかったようだね。」
振り返ると、一人の青年が書類を抱えて立っていた。
ユリウス・クロフォード。
侯爵家の嫡男であり、宰相の息子。若くして王宮で文官を務め、その冷静な判断力と情報分析能力は父譲りと評されている。婚約破棄の日にもその場に居合わせ、ルミエラ側に立っていた青年だった。
「・・・何だよ」
「そんなに睨まなくてもいいじゃないか」
ユリウスは肩をすくめる。
「君がブルームフィールド公爵家へ行ったって聞いてね」
「お前相変わらず耳が早いな」
「まあね」
さらりと返され、エリオットは小さく鼻を鳴らした。
「それで、どうだった?」
「変わらない」
エリオットは即答する。
「公爵家も悪あがきを始めただけだ・・・学園を調べ回っているらしい」
「ああ、その件か。」
ユリウスは特に驚く様子もなく頷いた。
「ずいぶん早かったね」
「・・・驚かないのか」
「別に」
彼はあっさりと言う。
「敵が動くのは当然だから。」
エリオットの眉がぴくりと動いた。
「敵だぞ」
「もちろん」
ユリウスは笑みを崩さない。
「だからこそ、何をするのか見ておく価値がある。何もしない敵ほど退屈なものはないからね。」
その余裕のある言い方が、エリオットには気に入らなかった。
「何を企んでいるかは分かりきっている。罪逃れだ」
「そうかもしれない」
ユリウスは否定しない。
「それはわからないな・・・あの公爵家がやることだからね。だからこちらも調べるのさ」
まるで当たり前のことを話すような口調だった。
「君たち騎士は剣で相手を見る、私たち文官は情報で相手を見る。ただ、それだけの違いだよ。」
エリオットは腕を組んだ。
「教会の調査は終わっているし証言も揃っている。それでもか?」
「もちろん。」
ユリウスは迷いなく頷いた。
「調査が終わったからといって、情報が止まるわけじゃない。むしろ、その後に相手がどう動くかの方が面白い。」
その口ぶりは、まるで盤上の駒でも眺めているようだった。エリオットは呆れたように息を吐く。
「お前は何でも面白がるな。」
「仕事だからね。」
ユリウスは軽く笑う。
「感情で情報を捨てるほど、私は器用じゃない。」
そう言って歩き出しかける。だが数歩進んだところで、ふと思い出したように振り返った。
「ああ、そうだ、一つだけ」
エリオットは怪訝そうな顔をする。
「君は教会の調査報告書を読んだ?」
「当然だ・・・」
反射的に答えかける。だが、その言葉は途中で止まった。
読んだのは、騎士団へ回された概要報告だった。教会がまとめた原本ではない。その一瞬の沈黙を見て、ユリウスは小さく笑った。
「そうか」
それだけだった。追及もしないし答えも求めない。ただ、そのまま踵を返し、廊下の奥へ歩いていく。
「それじゃあまたね」
軽く手を上げる姿は、どこまでも余裕に満ちていた。
一人残されたエリオットは、その背中を黙って見送る。
「・・・・・・」
教会を疑うつもりはないし、それは今も変わらない。だが、自分は本当に調査内容を理解した上で信じていたのだろうか。
「・・・確認するだけだ」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
「騎士として、確認するだけ」
そう言い聞かせながら、エリオットは静かに歩き出しだす。その足は、自然と教会へ向かっていた。




