最初の一手2
サンルームに、静かな沈黙が落ちた。先ほどまで穏やかに流れていた時間はもうない。
エリオット・ヴァイスは私たちを睨み据えたまま、一歩も引こうとはしなかった。
「教会の調査を疑うつもりか。」
低く押し殺した声だった。怒鳴ってはいないが、その怒りは昨日よりも深い。
私は紅茶を一口飲み、静かにカップをソーサーへ戻した。
「いいえ」
その一言に、エリオットの眉がぴくりと動く。
「私は教会の調査を否定するつもりはありません」
「……何?」
「提出された証言書も、調査記録も、王宮へ提出された資料も、どれも、否定いたしません。」
今度こそ、エリオットは言葉を失った。
「……なら何を調べている!まだ足掻くつもりか!」
私は首を横へ振る。
「足掻く、とは?」
「決まっている!」
「潔く罪を認めず、何とか言い逃れを――」
「違います。」
私は彼の言葉を静かに遮った。
「私は証言を覆したいわけではありません」
「では何だ!」
私は一枚の証言書を手に取る。そこには、お姉様が聖女ルミエラ様を人気のない廊下へ呼び出したと記されている。
「私は」
紙へ目を落としたまま言う。
「この証言が、どのような経緯で作られたのかを知りたいだけです。」
エリオットが目を細める。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味です」
私は証言書を机へ戻した。
「誰が証言したのか、いつ証言したのか、誰が聞き取ったのか、どのような順番で集められたのか、その方は他の証言を知った上で話したのか・・・私は、その過程を知りたいだけです。」
エリオットは鼻で笑った。
「そんなことを確認する必要があるのか」
心底理解できない、といった声だった。
私は穏やかに微笑む。
「必要はあります」
即答だった。
「調査結果とは、結論だけで成り立つものではありません。」
私は静かに続ける。
「誰が、いつ、どのような状況で、何を見て、何を見ていないのか、それらを積み重ねて、初めて一つの調査記録になります。」
私はエリオットを見つめた。
「だから、公爵家として確認するのです。それだけのことです」
エリオットは眉をひそめる。
「……騎士は、提出された報告書を基に判断する・・・それで十分だ」
私は静かに頷いた。
「もちろん、報告書は重要です。しかし・・・」
一拍置く。
「その報告書が、どのような手順で作成されたのか、それを確認することも、騎士のお務めではありませんか。」
エリオットは眉をひそめた。
「……そんなことを確認する必要があるのか。」
「あると思います。」
私は迷いなく答えた。
「報告書とは、誰かが作成したものです。そして、その報告書を信頼するのであれば、どのような調査を経て、その結論へ至ったのか。そこまで確認してこそ、本当の意味で信頼できるのではありませんか。」
エリオットが口を開く。
「だが、教会は――」
そこで止まった。
教会は正しい。聖女は正しい。それは疑ったことがない。
だが・・・
教会が、どのような手順で調査したのか。そこまで考えたことは、一度もなかった。
私は責めずに、ただ静かに言う。
「私は、証言を否定いたしません。だからこそ、証言へ至る過程を知りたいのです。それは、公爵家として当然の責務だと考えております。」
風がサンルームの花々を優しく揺らす。エリオットは私を見つめたまま動かない。昨日までなら、すぐに怒鳴り返していただろう。けれど今日は違う。言葉が出てこないようだ。やがて、小さく舌打ちした。
「……好きにしろ。」
それだけ言うと踵を返す。乱暴に開け放った扉とは対照的に、閉まる音は静かだった。
しばらくして、お姉様が小さく息を吐く。
「……帰ったわね。」
私は窓の外へ目を向けた。春の陽射しは変わらず穏やかだ。
「お姉様。」
私は微笑む。
「釣り針には、ちゃんと掛かってくださいました。」
お姉様は一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「あなた、本当に怖い子ね。」
「褒め言葉として受け取っておきます。」
窓の外では、白い教会の塔が陽光を受けて静かに輝いていた。あの塔は、まだ揺らがない。
けれど、その塔を誰よりも信じていた一人の騎士の心には――。確かに、小さな綻びが生まれていた。
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