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花咲けば冥府も春  作者: 連


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11/27

公爵邸にて

ブルームフィールド公爵邸の一室は、静かな緊張に満ちていた。

重厚な机の上には、王宮から届けられた正式文書が整然と並べられている。教会の封蝋が押された調査記録、複数の証言書、そして王宮調査部の署名入りの副本。

それらはすべて、「聖女ルミエラ保護申請」を起点に再構成された調査資料だった。けれど私は、その“きれいに整えられた事実”に、素直に頷くことができなかった。


ローザリアお姉様は、そのうちの一枚を手に取ったまま動かない。


私はその横顔を見ていた。

お姉様は強い人だ。どんな状況でも背筋を伸ばして立てる人だ。それでも今だけは、その指先がわずかに固まっているのが分かる。


その視線の先には、こう書かれていた。


・人気のない廊下へ呼び出された

・腕を掴まれ、壁際に押しやられた

・複数名に囲まれ、逃げ道を塞がれた

・進路を妨害され、身動きを封じられた


さらに別の証言にはこうある。


・提出物を目の前で破棄された

・教科書を破られ、周囲の前で嘲笑された

・聖女が通るたびに、貴族令嬢たちが一斉に距離を取った


単独では事件と断定できないものもある。

けれど教会調査官は、それらを一つの線として繋いでいた。


――聖女ルミエラに対する継続的圧迫行為。


そして、その中心人物として記録されているのは・・・ローザリア・ブルームフィールド。


お姉様の指先が、わずかに紙を強く握る。その瞬間、扉が軽く叩かれた。


「失礼いたします」


入ってきたのはエドガーだった。


いつもの落ち着いた執事の顔。けれど、その目は少し違っていた。憤りと悲しみを含んだ目だ。


彼は机の前に立つと、深く一礼する。


「王宮の記録部および教会連携調査室は、本件を正式な調査記録として採用しております」


その言葉に、お姉様の動きが止まった。


「・・・採用、ですか」


お姉様の声は静かだった。


けれど私は知っている。この静けさは、感情がないのではない。感情を押し殺している静けさだ。


エドガーは一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙したあと、続けた。


「はい。正式な“調査記録”として保存され、必要に応じて裁定資料に転用可能な状態となっております」


――つまり。


これはまだ判決ではない。けれど、“いつでも罪にできる形で残された事実”だ。


お姉様はゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「そう・・・」


その声は小さい。


「私は・・・そう見られていたのね」


私はその横顔を見て、胸の奥が締め付けられるのを感じた。お姉様は、誰よりも家族を守ってきた人だ。

その人が「加害者」として並べられている。


エドガーはその姿を見て、一歩だけ前に出た。


「お嬢様」


そう呼ぶ声は、少しだけ強かった。


「これは事実ではありません。事実として扱われているだけです」


その言い方に、私は気づく。

エドガーは怒っている。けれどその怒りは、誰かへの攻撃ではない。“守れなかった現実への怒り”だ。


彼は続ける。


「公爵様もこの件を把握され次第、正式に動かれるでしょう。お嬢様方がこれ以上一人で抱える必要はありません」


その言葉には、明確な決意があった。


「まだ何も決まったわけではございません。」


その一言で、お姉様のまぶたがわずかに揺れた。


私はそこで、ようやく息を吸う。このままでいいはずがない。けれど、真正面から否定しても意味がない。すでに“悪女を断罪する構造”として組み上がっているからだ。


私は証言書に視線を落とした。

そこにあるのは、「行為」の説明だ。だが、元凶とされているお姉様の「意図」は書かれていない。


だから私は言った。


「お姉様」


お姉様がゆっくりと顔を上げる。その瞳はまだ揺れているが逃げてはいない。


私は続けた。


「この記録は、すべて“お姉様が原因で起こった”と整理されています」


お姉様の眉がわずかに動く。


「ええ・・・そうね」


私は首を横に振る。


「でも、それが“どういう意図によるもの”かどうかは、どこにも書かれていません」


お姉様が目を細める。


「どういうこと?」


私は一枚の証言書を指で示した。そこには「呼び出し」「嫌がらせ」「排除行動」と並んでいる。

だが、それらはすべて“同じ線”ではなく、“別々の出来事”だ。


「まず、このすべてを“事実として認める形”にします」


お姉様の視線が鋭くなる。


「認めるの?」


私は頷く。


「はい。その上で、“なぜそれが起きたのか”の意味を変えます」


お姉様が小さく息を吐く。


「意味を?」


私は言葉を選びながら続ける。


「今は、“お姉様が聖女を害した”という前提で全てが整理されています」


「だから、行動の理由はすべて“悪意”で固定されている」


お姉様の指先が静かに紙を離した。私はそこを見逃さずに言う。


「でも実際は、“そう見える形になっているだけ”かもしれない」


お姉様がゆっくりとこちらを見る。


「たとえば“呼び出し”は偶然だったかもしれない、“距離を取る行動”は聖女側への配慮だったかもしれない、“破棄された書類”は意図的ではなく、別の権限者の判断だったかもしれない」


瞳がわずかに揺れるお姉様をまっすぐ見つめ、私はそこで言い切った。


「事実は変えません。変えるのは、“解釈の方向”です」


沈黙が落ちる。


エドガーが静かに息を吐いた。


「なるほど・・・」


その声は低い。


「事実を否定するのではなく、“意味を奪い返す”ということですね」


私は頷く。


ゆっくりと目を閉じたあと、彼は静かに言った。


「お嬢様方がそのようなことを考えなければならない状況自体が、すでに間違っています」


その言葉には、悔しさが滲んでいた。守るべきものを守るために、少女たちが“戦略”を持たねばならない世界。それを許している現実そのものへの怒り。


お姉様は静かに立ち上がった。


「・・・やりましょう」


その声は、まだ完全ではないが確実に前を向いていた。


私は小さく頷く。


窓の外には、白い教会の塔が見えている。あの塔の向こうにある“正しさ”が、どれほど歪んでいるのか。

まだ誰も知らない。けれど私はもう気づいている。


――これは罪の証明ではなく、“物語の書き換え”だ。

読んで頂きありがとうございます。

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