前編 生還かなわぬ竜族2
「あれが竜の巣か……」
ナオマサの進む先に切り立った崖が見えてきた。タツノリが出入りしていたという場所。霧に覆われて、神秘的な雰囲気を醸し出している。よく目を凝らしてみると、確かに岩壁に家の入り口とみられる穴が数箇所開けられている。
近づくにつれて、麓の方から、女たちの話し声が聞こえてきた。嵐で全滅した竜族の家族だろうか。竜の巣に駐屯する帝国兵に何か訴えている。
どうやら、その噂はすでに届いているらしい。ナオマサとともにやって来た帝国兵の一人が女たちのもとへ向かっていく。
家族らは、その事実を告げられたら、どんな反応をするだろう。ナオマサは胸を痛めた。
案の定、女たちの悲痛な叫びが届いた。なかには怒りをぶつける者もいた。ナオマサは馬を降りて、タツノリに話しかけた。
「辛いだろうな」
「ああ」
タツノリも顔をしかめたが、それ以外に変わった様子はない。ナオマサは本当にここに手がかりがあるのか不安になった。
(まさか、本当にタツノリがやったのか……いや、おれが信じなくてどうする)
このままではタツノリの疑いは晴れない。ナオマサがタツノリの身の潔白を証明するものはないか探しに行こうとしたそのとき、崖の端の方から、背の低い人物が走ってくるのが見えた。
「タツノリですか。日本には行かなかったんですね」
その人物は、タツノリの前まで来ると、手を握って喜びをあらわにした。
「よかった……。だって、日本に行っていたら、今頃は……。みんなのことは、残念でした。とにかく、タツノリだけでも無事でほっとしました」
タツノリは当惑顔をしていた。
「タツノリ、こちらは」
ナオマサは聞いてみた。
「キト、だよな」
「はい。どうしたんですか。そんな疑うような目をして」
「タツノリは、記憶が抜け落ちているんだ」
ナオマサが説明する。
「原因は分からないが」
「ええっ。ここでの暮らしは、覚えていませんか」
タツノリは竜の巣を見渡す。
「おれは、傭兵になりたかったんだろうか」
「そんな……。タツノリは、あんなに頑張っていたじゃないですか」
「忘れるようなことなら、大したことはしてないんじゃないかって……」
キトが悲しげな目をする。
「それなら、行ってみますか。あの家に」
キトが来た道を指差す。
「タツノリは、あそこで暮らしていたんですよ。ウーダラと一緒に」
「ウーダラ……」
「その人なら、おれですら覚えているぞ。あの馬術講師の」
「あなたは、ナオマサさんですか。タツノリの絵を配っていた」
「ああ、申し遅れた。初めまして。どうやら、タツノリが世話になったようで」
ナオマサは軽く自己紹介をすませた。しかしキトの方はナオマサのことを知っていたようなので、なんだか気恥ずかしい出会いとなった。
「しかし、どういった経緯で、ここに住むようになったんだ。まだ事情が飲み込めていないんだが……」
キトはナオマサに、ウーダラが竜族であることや、タツノリが来た日のこと、竜の巣での暮らしぶりなどを説明した。
「なるほど。これでつながった」
「納得していただけましたか。それでは……」
「いや、もうひとついいか。そもそも竜族とはなんだ」
ナオマサにはまだ竜族が雲に隠れた山の頂きのように思えていた。タツノリがよくないことに手を染めているのではないかと危惧する気持ちもあった。
「竜族は、敗残兵などが集まって傭兵稼業をするようになったのが始まりといわれています。結成の中心人物には、ウーダラやわたしの父もいたようです。決して犯罪集団というわけではないですよ」
「国に雇われるということは、何か竜族ならではの強みがあったんじゃないか」
「そうですね……。竜族のみんなは、そこそこ強かったと思います。名をあげることはなくても、生活は成り立っていましたから」
竜というものが消えた世界において、竜族は一線級の戦力ではなく、名も無き傭兵たちだった。竜族という名称も、竜に乗るからではなく、竜の巣に住んでいるから自分たちでそう呼んだことになっている。すべて、竜神の記憶操作によってつじつまが合わされた結果だった。
「なるほどなあ……」
「よろしいですか。それでは、行ってみましょう」
促すキトを、ナオマサは制止した。ちらりと帝国兵の顔を覗う。
「タツノリは、今は自由に行動できない」
「そういえば、さっきから何で手を縛られているんですか」
「実は、今タツノリには帝国兵の天幕に放火したという嫌疑がかけられているんだ」
ええっ、とキトは再び驚きの声をあげた。
タツノリの実況見分がはじまった。ナオマサも、竜の巣の女たちもその様子を見守る。
「竜族が出発した日の夜、ここから火の手が上がった。何か思い当たることは」
タツノリは首を振る。タツノリは焼け焦げた天幕を見ても何も思い出さなかった。
「天幕が燃え始めた頃、帝国兵が馬で竜の巣から走り去るあなたを目撃している。まるで現場から逃げるかのように。これはもう、あなたが犯人と見て……」
間違いない、と言おうとしたのだろうか。その次の言葉を待たずに、キトが声を張り上げた。
「待ってください。タツノリが出て行ったのは、赤ちゃんが産まれたからです」
「あっ」
キトの言葉を受け、一人の帝国兵が声をあげた。
「ここにいるユウジュという竜族の奥さんの赤ちゃんが産まれたことを、タツノリは知らせに行ったのです」
赤ん坊を抱いた女性が前に出てくる。
「ユウジュは、出発前もこのことを一番気にかけていました。そこにいる帝国兵の方に、お話ししましたよね」
先程声をあげた帝国兵がうつむく。上官はその者をにらんだ。
「なぜ言わなかった」
「正直、うろ覚えで……」
「お前、酒を飲んだな」
帝国兵が縮こまる。
「しかしそういうことなら、帝国兵が代理で行ったものを」
「そのときも同じことを言われました。でも緊急性はないとか頭の固いことを言われて、先送りにされました」
その上官は顔を歪ませた。返す言葉が見つからないようだった。
「その方は、相当酔っているようでした。酒の容器を持ったまま、踊ったり」
「まさか、それで酒がこぼれて、火が付いたのか」
「そういえば、そんな気もしてきました……」
再びにらまれた帝国兵は、消え入りそうな声で言った。
「問題外だ」
上官は怒り出し、意外な形で実況見分は終わった。タツノリは無実となり、縛を解かれた。
「ようやく自由が訪れましたね」
キトが喜ぶ。今回の件に関してはキトが大活躍した。大の大人にも怯まずに向かっていくさまは見ていてすがすがしかった。
「まだ不可解な点はあるが、今回の件は我々の過失だった。申し訳ない」
帝国兵はそう認めた。
「私たちは帝都に戻りますが、あなた方はどうしますか」
「どうする、タツノリ」
ナオマサは聞いてみた。
「おれは……しばらくここに残ってみたい」
「そうですね、まだあの家にも行っていませんし」
タツノリ、キト、ナオマサの三人はウーダラの家へと向かった。




