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竜族急報伝令役 蟠竜昇天  作者: 坂東智樹
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前編 生還かなわぬ竜族1

 竜神によって人々の記憶操作がおこなわれると、地上から竜の痕跡はなくなった。多くの者が気にせず日常に戻るなか、一方で強引な帳尻合わせに違和感を感ずる者も少なからずいた。当事者たちは、不自然な現実に対して、それぞれの抱えたわだかまりを解消しようと動き始めていた。

 そう、世界のどこかには、竜に関係していても、ウーダラがタツノリに言ったように、なくならないものもあったのだ。


 きれいにならされた帝都までの道を、一匹の馬が軽快に走っている。それは乗り手の手綱によって制御されたものではあるが、それにしても本当に気持ちよさそうに走っている。

 今日の気候は穏やかで、空には雲一つなく、日差しがまんべんなく大地に届き、体に流れる風が心地よい。ここのところの晴れ続きで地面はすっかり乾き、ぬかるみもない道を馬はしっかりと捉えることができる。

 この馬に乗っているのは、ナオマサという青年だった。ナオマサは走りながら、これから数年振りに再会を果たそうとしている幼馴染みに思いを馳せていた。

「一体何があったんだ、タツノリ」

 ナオマサにその知らせが届いたのは、突然のことだった。

「タツノリが捕まっただって」

 タツノリは、帝国兵の寝泊まりする天幕が燃えた不審火について、何か事情を知っているとみて拘束されたらしい。身元確認するとき、帝都でタツノリの似顔絵を配っていたナオマサの名が出て、連絡するに至った。

 思えばタツノリには、目を離せばどこかとんでもない方向へ行ってしまうような危なっかしさがあった。

「悪い方へ転ばないといいが……」

 タツノリはいつも自分の後ろをついてきていた。振り返ればそこにはタツノリのはにかんだ顔があった。ナオマサは、気が小さいところのあるタツノリと対等であろうとした。タツノリもそれがわかって、次第に遠慮がちではなくなっていった気がする。

 そのタツノリに突然別れを告げられたときは戸惑った。故郷のため海を渡って訪れたこの国で、明らかにタツノリは変わった。あのウーダラという馬術講師に入れ込んだ様子で、気づけば自分の隣にはタツノリはいなかった。その夜、毎夜のように宿所を抜け出すタツノリを、思い切って問い詰めてみた。返ってきた答えに、タツノリがどこか知らない世界にいってしまったような気がした。

 ナオマサはもう一度タツノリに会って、確かめたかった。自分たちはたった一度のすれ違いで壊れてしまうような危うい関係だったのか。

 問い質したい。その強い思いを胸に、ナオマサは帝都の門をくぐった。知らせが入る直前に受け取った、タツノリからの手紙を握りしめて。


 帝都の留置所は、地味で目立たない外観をしていた。ナオマサは入り口の前まで来ると、自分がとても緊張していることに驚いた。

「不思議だな。タツノリに会うのに、こんなに勇気が要るなんて」

 中に入ると、所員に尋問室まで案内された。

 いよいよだ。タツノリと久方振りの対面を果たす。ナオマサは覚悟を決めて、足を踏み入れた。

 尋問室には二人の男がいた。机を挟んで向かい合って座っている。片方は尋問官で、もう片方のうつむいている男がタツノリらしかった。ナオマサはタツノリに話しかけた。

「タツノリ、おれだ、わかるか」

 タツノリはナオマサの顔を見上げ、はっと目を見開いた。

「まさか……ナオマサ……」

「久し振りだな」

「どうしてここに」

「どうしてって、手紙、くれただろ。お前に会いに来たんだ」

「手紙……そんなの出したか」

「おいおい。まあ、まさかこんな形で会うことになるとは思わなかったけどな」

「ふん、笑いたきゃ笑えよ」

 タツノリから返ってきたのは、そんな自嘲気味なせりふだった。

「勝手に飛び出して、この有り様だ。こんなみじめな姿、見られたくなかった」

 本人の言う通り、今のタツノリは弱々しくて元気がない。ナオマサは励まそうと形はどうであれ、こうして会えた喜びを伝えた。

「おれはうれしかったぞ。もう、会えないと思っていたからな」

「ナオマサはいいよ。しばらく見ない間に、すごく頼もしくなった。おれは、貴重な留学の機会を棒にふってまで、何がしたかったんだろうな」

「おれと別れてから、一体今までどこで何をしてたんだ」

「覚えていない……ただ、時間を無駄にしたとしか思えない」

 タツノリは記憶の一部をなくしていて、ひどくひがんでいるようだった。尋問官もナオマサに向かって終始この様子です、と肩をすくめる。

「時間を無駄に、か。あの手紙のお前は、そんな感じじゃなかったけどな」

 ナオマサはタツノリの手紙の内容を思い返す。手紙には、まだ目標は遠いが、着実に進んでいる、充実した日々を送っているというようなことが書いてあった。

 実は、タツノリの手紙は、竜のことについては伏せてあった。このことが、記録の消滅を免れた一因だった。

「なんだか、楽しそうだった」

「何だと」

 タツノリは何を言っているんだこいつは、話を聞いていたのかというような顔でナオマサをにらんだ。

 すると、尋問官がナオマサに確認を求めてきた。

「こちら、日本から来たタツノリさんで合っていますか」

「間違いないと思います」

「では、我々は彼を処罰しなければなりません」

 にわかに雲行きが怪しくなってきた。ナオマサは焦った。

「待ってください。タツノリが犯人だと決めつけるのは早計ではないですか」

 タツノリが火を放ったのは本当で、帝国兵の監視の目を逃れて竜族に危険を知らせるためだったのだが、その事実はタツノリでさえも覚えていない。

 尋問官はナオマサに抗議されて、困った顔をした。

「しかしこうも覚えていないの一点張りでは……」

 ナオマサはここで、あることを思いつく。

「その現場に行ってみるのはどうですか。タツノリも何か思い出すかもしれない」

 尋問官はその場にいた帝国兵と何やら相談を始めた。やがて話し終わって、こう告げた。

「我々もちょうど用があります。行ってみましょうか。竜の巣へ」

「竜の巣……」

 タツノリがその言葉に反応してぼそりと呟いた。

「何か思い出したか」

「いや……おれも行ってみたい」

 ナオマサの提案は通って、二人はともに竜の巣へ向かうことになった。

 帝国兵の用というのは、日本遠征のために海を渡ろうとして暴風雨に遭い、命を落とした竜の巣に住む傭兵集団の遺族らに、事の顛末を報告することだった。

 ナオマサはそれとタツノリにどんなつながりがあるのか不思議がった。

「お前、傭兵になりたかったのか」

「分からない……。なんだか、ずっと心にもやもやしたものがかかってるんだ」

 ナオマサは帝国兵と隊列を組んで帝都を出発した。タツノリは事件の重要参考人であることは変わらないので、行動を制限されたまま馬に乗せられた。

 ナオマサは馬を進ませながら時折タツノリの顔を盗み見た。タツノリは、これから行く場所に何か自分について知るための手がかりがあることに淡い期待を抱いているようだった。


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