8話 機嫌とお茶
魔法実技が終わったエレノアは、第二談話室へと戻った。
エレノアは、その後やってきたイーサンに、どう話しかけようとしていた。
すると、扉が開き、聞き慣れたこの場には似つかわしくないその声が、第二談話室に響いた。
「入ってもいいかい?」
ジルベールは扉を開けたまま、中には一歩も入らず聞いた。
イーサンの返答はなく、それはエレノアへの質問へと切り替わった。
エレノアはリュカの言葉を思い出して、その言葉をジルベールにもかけた。
「談話室は学校のものですから、入っても大丈夫です」
「そうかい。では遠慮なく」
ジルベールはエレノアの反対側へと腰掛けた。
「杖を見せてくれないか?あの変な形の」
ジルベールの用はエレノアの杖にあったようだ。
エレノアは杖を銃の形へと変貌させる。
「触ってもいいかい?」
「もちろんです」
本当に好奇心で来たのかわかりかねるジルベールは、エレノアの杖を隅々まで観察をしている。
イーサンはというとそんなジルベールには構わないとでも言いたげに、本棚から本を見繕って端の方で本を読み始めている。
自分を殺した相手だと忠告したのにも関わらず、イーサンはあまり警戒していない様子だ。
ジルベールは銃の引き金を引くと、眉を寄せて、もう一度引き金を引いた。
「この引くところはなんだい?」
「引き金です。これを引くことで魔法を撃っています」
「なにか意味があるのかい?」
ジルベールはこの引き金を引くことで魔法を撃つことに何等かの影響があるのか聞いているようだ。
だが、これはただの動作で魔法を撃つことに対してはなんの意味もない。
「意味はありません。イメージをしやすいというだけで」
「イメージ、ねえ。エレノア嬢は普通の杖だと大分強力な魔法を行使するんだね。この杖だと魔法のイメージがしやすいなんて珍しい。この形はどこで見つけたんだい?」
前世のことを言うわけにもいかない。
「私が考えたんです」
「なるほどね。それと、この銃には他にどのような利点があるんだい?」
「利点、というと魔法の飛距離のイメージを省略できるので、初級魔法なら詠唱を唱えなくても魔法を使えるという点ですね」
魔法には3つ必要なものがある。詠唱、魔力、イメージだ。
魔法を撃つ、飛距離、魔法の属性などイメージで補えないところを詠唱でカバーする。
これが魔法だ。
完全無詠唱もできる魔法使いもいるようだが、それほど魔法を鍛えても無詠唱で使えるのは初級魔法程度なため、戦闘ではほとんど役に立たない。
魔法を撃つというところを引き金を引くことで省略、飛距離のイメージも銃を撃ってどのぐらい飛ぶかというイメージを補完できるため、初級の魔法なら詠唱を唱えなくてもすべてイメージで補完できるというわけだ。
そして、魔法の調整もできる。
エレノアが杖の形を銃の形にしているのには、こういう理由がある。
それを理解できないジルベールは、珍しく柔和な笑みを浮かべず、困惑な表情のまま考え込んでいる。
銃というものに馴染みがないこの世界の住人であれば、この説明をしてもピンとこないのは仕方のないことだ。
だが、自尊心が強いジルベールは、これで理解できるはずだとエレノアに質問をしてこなかった。
そんなジルベールに助け舟をするように、本を読んでいたはずのイーサンが言った。
「エレノアはその形であれば、詠唱をしなくても、すべてイメージで完遂することができるということだろう」
「なるほど。そういうことか。面白い発想をするんだね。では、また」
ジルベールも理解したところで、そのまま部屋を出ていってしまった。
本当に銃のことを聞きに来ただけのようだ。
ジルベールが第二談話室を出て、二人きりとなった空間でエレノアはイーサンに聞いた。
「ジルベール殿下とは仲がいいのですか?」
「あまり仲はよくないな」
「サンドリーヌ殿下の弟君なのにですか?」
その言葉を聞いたイーサンがまるで気分を害したかのようにトントンと机を指で叩いた。
だが、その表情は変わることがなく、淡々と返答した。
「兄妹が全員仲が良いとは限らない」
少ない言葉数でも、ジルベールとサンドリーヌが仲がよくないことは、はっきりと分かった。
イーサンはそれ以上踏み込むなとでも言うように、机の上に置かれた本を取って読み始めてしまった。
エレノアは大人しく黙り込んだ。
第二談話室へと来たリュカがその様子を見ると、不思議そうにその光景を見た。
リュカは紅茶を入れるとその紅茶のカップとエレノアとイーサンの前へと差し出した。
「心が落ち着く効能があるようです」
エレノアはその紅茶を一口、イーサンはその紅茶を全部飲み干してしまった。
イーサンはコップを置くと、生唾を飲み込んで気まずそうに腕を撫でた。
そして数十秒後、イーサンが口を開いた。
「事実を言ったつもりだが、少し棘があったのも事実だ。気を悪くしたようならすまない」
本当に効能があったのかと思うほど効きやすい効能にエレノアはイーサンが怒っているわけではなかったのだと安心する。
「いえ、私の方こそ」
エレノアはふっと笑って答えた。
「では、仲直りもできたようなので、報告を。イーサン様、サンドリーヌ様からの呼び出しです」
イーサンの表情が曇る。
「分かった」
イーサンは本棚に本を戻すと早々に部屋を出ていってしまった。
その背中をリュカは少し寂しそうに見ていた。




