6話 誘う
「第二談話室に来ない?」
授業終わりにまっすぐ飛んできたパトリシアの言葉を飲み込めなかったエレノアは困惑の声を漏らした。
現在、一年生特待生クラスに与えられた談話室は、第一談話室はジルベール主導のグループが、第二談話室はイーサン、パトリシア、セザール、リュカが使っている。
ちなみに、エレノアはどちらの談話室に訪れたことは一度目の校内案内の時しかなかった。
派閥が違えど校内では派閥争いなどしている暇などはない。
だから、派閥の違う相手と全く話さないということはないのだが、それでも派閥が違う同士が同じ空間で水入らず話すと言われるとそれは違うとはっきり言える。
そのため、革新派でありながら、保守派のイーサンたちと仲の良いエレノアはどちらの談話室もそんな状況の中のこのこと入れるほど神経が図太いわけではなかったので、談話室に赴いたことはなかったのだ。
その状況の中誘われたのだからエレノアが困惑を示すのも無理はない。
だが、それでも嬉しいのには違いない。
「もちろん!」
放課後に差し掛かり、廊下を通っていたエレノアたちを夕日が照らしている。
廊下を抜け、第二談話室と表記のある部屋の扉をパトリシアが開いた。
パトリシアの後をエレノアがついていき、そのまま談話室の中へと入ると、そこにはセザールとリュカがいた。
エレノアはパトリシアとセザールとはよく話しているが、リュカとはそこまで面識がない。
イーサンと共に一年遅れで入学を果たしたが、その成績は優秀で、なぜ一年も入学を遅らせたのかわからないほどだ。
もしかすると、イーサンと入学を合わせるために入学を一年遅らせたのかもしれない。
イーサンは12歳の年に王命で隣国との戦争の兵役が義務付けられ、馬車の事故で両親が不運な死を遂げたことにより、本来なら16歳の年で入学するところ、サンドリーヌ王女の口添えとイーサンの活躍から国王もイーサンを二年の兵役で帰還させることにしたようだ。
これは、国王が残虐なのではなく、バンフィールド大公家には12歳の子供に代々王家が試練を与えるのだ。300年前に大公家が誕生した時から続くしきたりだ。
「お邪魔します」
エレノアの挨拶と共に、リュカがメガネをかちゃりとかけ直した。
エレノアが緊張してその姿を凝視していると、リュカが首を傾げていた。
「萎縮せずとも大丈夫ですよ。談話室は派閥のものではなく、学校のものですから」
「はい。ありがとうございます」
すると、くははとその姿が可笑しそうにセザールが笑い転げた。
机を叩いて笑っている姿に、パトリシアがセザールの肩を叩いた。
落ち着いたセザールはこほんと場を整えるように咳払いをした。
「エレノア、リュカは年上だし、敬語を使うがイーサンほどぶっきらぼうじゃない。もっと気楽に接しても怒ったりしないし。な、リュカ」
セザールはリュカの方へと目をやり、同意を促す。
「ええ。僕のこともタメ口で大丈夫ですよ。エレノア」
「リュカ。こちらこそ変な態度取っちゃってごめんね」
「そんなことは。どうぞ、好きなところに腰掛けてください。決まった定位置もないですしね」
リュカに促されて、エレノアは先に座ったパトリシアの反対側へと腰を掛けた。
セザールは棚からトランプを取り出すと机の上にそれを置いた。
「みんなでトランプしようぜ」
「ええ」
「うん」
「いいわね」
全員がトランプをすることに賛成したその瞬間、談話室の入口が開いた。
全員がその入口へと目をやると、そこにはイーサンの姿があった。
イーサンはエレノアを一度見た後、そのまま、少し離れた席へと腰掛けた。
「どうでした?今日は」
「普通だ」
リュカの会話も終了してしまい、沈黙が第二談話室へと流れた。
トランプをしようと話していたはずだが、誰もそのトランプを取ろうとしない。
イーサンはそんな四人を見ることなく、右側の壁沿いの本棚へと向かっていく。
エレノアはそんなイーサンを止めるようにトランプを取った。
「イーサン様、一緒にトランプで遊びませんか?」
その瞬間、エレノア以外の全員が「あのイーサンにトランプをしようと誘うなんて」と思った。
エレノアは生唾を飲み込み、イーサンの返答を待っていた。
すると、イーサンは棚へと向かう足を止めて、エレノアの方へと振り返った。
「ああ」
イーサンはセザールの横へと腰掛けた。
セザールはと言うと少し嬉しそうに口角が上がっている。
「ババ抜きをしましょう」
「ババ抜きというのはなんだ」
エレノアはセザールに遊び方のレクチャーをして、ようやくトランプを全員に配り始めた。
配り終えたトランプを全員が持って揃った数字のトランプを机の真ん中へと置いていく。
じゃんけんをして勝ったのはエレノアだった。
エレノア、イーサン、セザール、パトリシア、リュカの順で相手のトランプを取っていくことになった。
一巡目と二巡目はは皆ジョーカーのことなど気にせず取り始めていく。
三巡目となり、枚数が段々と少なくなっていくと、表情からジョーカーの位置を探り出そうとしていくが、エレノアの相手はあのイーサンだ。
どのトランプを取ってもイーサンの表情は一寸も変わることがなかった。
そして、最初にあがったのはイーサンだ。
そのポーカーフェイスとも呼べる無表情のおかげと感の鋭いそのトランプ選びで一番に上がった。
「おめでとうございます。イーサン様」
「ああ」
イーサンの返答は粗末なものだったが、ほんのすこし嬉しそうな声のようにエレノアには聞こえた。
そして、リュカ、パトリシアとあがっていき、最後に残ったのはエレノアとセザールの二人だった。
エレノアが一枚。
セザールは二枚残っており、エレノアはセザールの方にジョーカーが残っていることが分かっている状況だ。
イーサンのポーカーフェイスで鍛えられたエレノアはセザールの表情からジョーカーの位置を判断して、トランプを引いた。
「あがり!」
エレノアがそう零すのとセザールがジョーカーを机の上に置いて「くそー」と悔しそうに言ったのはほぼ同時だった。
「ババ抜きというのは結構楽しいものなんだな」
そう発言したイーサンに、皆イーサンが普通の人という意識を持ったのは違いない。
無表情でわかりにくく、あまり言葉も話さないためわかりにくいが、イーサンは怖くはないのだと。
「だな」
セザールがにかりと笑う。
「もう一度やりましょうよ」
リュカが全員に提案をした。
「いいわね」
「いいのか?」
遠慮をするイーサンに背中を押すようにエレノアはにかっと笑う。
「いいんですよ」
イーサンはほっとしたように皆の顔を見渡した。
全員が笑っているその空間が、いつもの第二談話室より居心地がいい気がしたのだ。
「さあ、もう一戦やろうぜ。次は絶対に負けてやらないからな」
「セザールの表情はわかりやすいのよ」
「それは私も同意です」
「なんだと」
「ははは」
声を出して小さく笑うイーサンに全員が目を奪われた。
そして、その場にいた全員がイーサンとの心の壁が取れたように感じた。
エレノアはその光景を見て、小さくよかったと呟いた。




