5話 諦めと救い
「魔族という存在は人並外れた桁違いの戦闘能力を持つ生物でした。耳は尖っているぐらいしか人間とさほど違いはありません。今から300年ほど前のことです。魔族という存在が姿を現し、人々を虐殺したのです。知能をほとんど持たない魔物と違い、魔族は人と同じ程度の知能を持っていました。Sランクの魔物以上の力を持つ彼らに為すすべがなかった人類でしたが、聖剣の力によって彼らを絶滅することが叶いました。5本あった聖剣は、今は1本しか現存しません。つまり、それほどの力を彼らは持っていたということ。聖剣の能力は3つあります。1つ目は願いを叶えること。2つ目は保有者によって聖剣の能力が変わる点。3つ目は記憶を見たり見せたりする能力。1つ目は簡単。何でも願いを叶えることができるのです。今すぐ雨を降らしてほしい。人を生き返らせてほしい、など。2つ目は魔族を倒すことができた勝因の1つでもあります。保有者によって聖剣の能力が変わる。これはつまり、この聖剣が持つ魔力によって保有者の意思により聖剣が彼らの求む形へと変容するということです。魔族を倒したいと強く望めば、聖剣は魔族を殺すための聖剣へと変容します。ただし、聖剣の魔力がなければこの変容を行うことは不可能です。魔力の無くなった聖剣はただの剣へと戻ります。これが5本あった聖剣が1つまで減少した理由です。そして3つ目の能力。聖剣は記憶も司っています。ただし、聖剣に関わる記憶のみを司っています。おっと、時間のようですね。では、今日の授業はここまで」
歴史の教師の授業が終わり、エレノアは腕を天井へ伸ばして伸びをした。
そして、活を入れるために自分の両頬を自らの手で叩いた。
次の授業は剣術の授業だ。
エレノアとパトリシアの再戦をイーサンと話をするためにもエレノアは勝たなければいけない。
訓練場へとたどり着いたエレノアはふうっと深呼吸をして緊張を和らげる。
すると、後ろから段々と着替えが終わった特待生の生徒たちが姿を現し始めた。
先生が到着すると、準備運動を各々し始めて、少し殺気立った空気がクラスには纏っていた。
各々負けたくないという思いが根幹にはあるのだ。
「では、一回目の模擬戦をします。各々相手を選んでください」
エレノアはまっすぐパトリシアの方へと向かった。
「再戦をお願いします」
「いいわ」
先生の合図により、礼を交わす。
はじめの合図がされる前に剣を構えて合図を待つ。
「はじめ!」
その合図と共に両者が走り出した。
エレノアはパトリシアへと剣を振り、それを交わしたパトリシアが今度はエレノアはと剣を振る。
エレノアの頭の中にはジルベールの指摘が何度も頭の中で囁かれていた。
前のような一方的な戦闘にはならず、パトリシアの不意をついたエレノアが勝利を収めた。
「参りました」
「ありがとうございました」
礼を交わし、一回目の模擬戦は終わりを告げた。
エレノアはイーサンの方へと目をやった。
イーサンはセザールと模擬戦をしていたようで、勝負はイーサンの勝ちだったようだ。
そのまま授業が終わるとエレノアはイーサンの元へと向かった。
イーサンは前のようにエレノアを無視することなく、エレノアの目を見た。
エレノアがパトリシアに勝ったということはイーサンも知っているみたいだ。
「イーサン様、話をしたいのですが」
「なんだ」
ここでさっさと用事を終わらせたいイーサンは早くしろと言わんばかりに冷たい声を発した。
「二人きりで話したいことがあるんです。時間は取らせません」
イーサンは少しの間沈黙した。
「分かった」
二人は生徒に勉強のために貸し出されている部屋の一室を借りて、話をすることになった。
一個の机を挟んで両側に配置されている椅子に、イーサンは腰掛けることなく立ったまま話を聞こうとしていた。
「それで、話はなんだ?」
エレノアは立ったまま、イーサンにある告白をした。
「イーサン様は殺される運命にあるんです3年後、学院を卒業した次の夏に」
「妄想は大概にした方がいい。エレノア・グルーシア伯爵令嬢。こんなことを話すために俺を呼び出したのなら、用は終わりだ」
信じられるはずもないその告白に、イーサンは至極真っ当な意見を述べた。
無表情の顔は怒りもせず、その声はいつものように熱のこもっていないように冷たい。
「ええ。私の用事も終わりです」
まだなにか言ってくるだろうと思っていたイーサンは拍子抜けしたように扉にかけていた手を取り除いた。
そして、眉間にしわを寄せてエレノアの方へと体をねじる。
「君は何をしたいんだ?」
「私はイーサン様を助けたいんです。ちょこまかと動かれるのも嫌かと思いまして。これからイーサン様を救うために動くので、そのための報告です」
「君は馬鹿か」
「え?」
「いいや、馬鹿、なんだな」
一人で納得したようにイーサンは連呼した。
エレノアはイーサンの言葉を侮辱とは捉えなかった。
なぜか無表情な彼の表情筋が動いて、彼が苦笑したからだ。
「エレノア、ちなみに俺は誰に殺される?」
エレノアは言いにくいその人物の名を告げられずにいた。
「不敬と捉えられる可能性があります」
「それだと俺は君を預言者ではなく空論家としか見れないな」
エレノアは生唾を飲んで、イーサンの目を見た。
彼はまだ自分を信じているのだとそこで理解できた。
自分を病気だとは思わず、今はまだそれが本当のことだと決めかねている状況だ。
「イーサン様を殺したのは、ジルベール・ラントレー第一王子殿下です」
イーサンの表情は、困惑ではなく納得という感じだった。
まるで、それが自然なようだと言わんばかりに笑っている。
「まともな予言なことだ」
なぜ、まともだと思えるんだろうとエレノアは思った。
まるでジルベールが自分を殺すというのが、想像できない話じゃないと言っているようにエレノアには思えた。
「それで言う。俺は殺されても構わない」
イーサンの覚悟にエレノアは萎縮した。
「な、なぜ自分の死を受け入れるんですか。生きようと足掻いてください。ジルベール殿下と仲良くなってその確執を取り除こうと――」
エレノアの声は続かなかった。
今までの活力がすべて吹き飛んだように、言葉を紡げなくなっていた。
彼の死を止めるために特待生クラスに漕ぎ着けるまで剣術を学んだ。
剣術を学ぶのは楽しかったが、その根幹にはすべてイーサンの死を回避することがあったのだ。
それを本人によって一蹴されたことでエレノアはどうすればいいかわからなくなっていた。
本人が殺されても構わないなんて言うとは思いもしなかったのだ。
イーサンの手がまた扉へと届いた。
その瞬間、エレノアは声を振り絞った。
「わ、私がイーサン様に生きる活力を与えます!殺されても構わないなんて言わないでください!」
「‥‥君はどうしてそこまで俺が生きることに固執するんだ?」
最もなイーサンの返答に、エレノアは自分の人生を振り返った。
友人が書き殴った日記のような文章をエレノアはいたく気に入ったのだ。
まるで一人の人生を覗き見たようなそんな物語に心惹かれた。
パトリシアの視点から始まったその物語の中で、イーサンはずっと一人ぼっちだった。
最後まで彼の心情が分かることなく、殺されてしまった彼をどんな人物だろうとエレノアは思っていた。
無表情で言葉数も少ない彼は、本音を零すこともなく、ただサンドリーヌのために死んでいった。
サンドリーヌの何が彼をそこまで縛り付けたのか今もわからない。
今はただ、殺されることを当たり前だと思っているイーサンに生きる活力を教えてあげたい。
エレノアはイーサンという人物に生きて幸せになってほしいのだから。
「イーサン様に幸せになってほしいからです。それが私の願いだから」
「俺が幸せになるなんてことあっていいはずがない」
イーサンの自虐的な発言にエレノアは彼に近づき、自分の胸に自らの手のひらを当てた。
「幸せになっていけない存在などいるはずがありません。生きて幸せになりましょう!一緒に!そのために私が力を貸します」
「君が?」
「ええ」
「君になにかできると思えないがな」
「そんなことありません!」
むうっと口をふくらませるエレノアを見てイーサンが少し微笑んだ。
「君が何かをすることに対して、俺が茶々を入れることはない」
エレノアが自分の言葉の意味を理解していないことを悟ったイーサンはもっとわかりやすい単語を連ねる。
「君の好きにしろということだ」
「ありがとうございます!」
満面な笑みを向けるエレノアにイーサンも思わず笑みがこぼれた。




