36話 初恋と枷① サンドリーヌ視点
サンドリーヌ・ラントレーが、イーサン・バンフィールドという少年に会ったのは、サンドリーヌが七歳、イーサンが六歳の年だった。
国王である父の紹介で、涙を腫らした跡が目元についたその無表情な少年。
それがサンドリーヌの彼の印象だった。
だが、すぐにその印象は変わった。
サンドリーヌはその少年の顔がとてつもなく好みだったからだ。
目が合わなくとも、それは一目惚れだった。
サンドリーヌは父のロベールに言って、その後すぐに会う機会を貰った。
茶会と称して二人きりの場を作り出し、一方的にサンドリーヌは彼に話しかけた。
だが、返ってくるのは心のこもっていない返事ばかりだった。
それでもいいと思えるほど、彼が好きだった。
そして、一方的に向けられる忠誠心。
それだけは、サンドリーヌと王族のみに向けられるものだった。
彼の忠誠心はサンドリーヌではなく、王族という血に向けられているものだったが、それだけでも彼と自分を繋ぎ止めるものがあるのが嬉しかった。
いつしか、サンドリーヌはロベールに、イーサンとの婚約をしたいと言ったことがあった。
「それはできない」
ロベールはサンドリーヌの要望を一蹴した。
それからだろう。
ロベールが歴史の授業と王族と大公家のあり方。
そして、大公家の許されざる過去。
熱心にロベールから教えられ、イーサンは諦めろとその度に言われた。
癇癪を起こしたサンドリーヌを見て、ロベールは慰めてくれた。
涙を流し、崩れ落ちるサンドリーヌを見て、ロベールと母のナタリーは抱きしめてくれた。
そんな中、弟の一人であったジルベールが言ったのだ。
「王室の恥さらしになるつもりですか?」
涙を流していたことすら忘れ、サンドリーヌはジルベールの頬を叩いた。
可愛がっていた弟だというのに、息を荒くして獣のように彼を睨んだ。
だが、弟は顔色を変えることなく、何事もなかったかのように「失礼します」と一言言ったのだ。
それから、サンドリーヌとジルベールはお互いに干渉しなくなった。
そして、サンドリーヌも理解した。
家族は誰も、サンドリーヌとイーサンの婚約を祝福してはくれないだろうと。
ロベールが国王のうちもジルベールが王太子となり、国王となったとしても自分がイーサンと婚約し、幸せを掴み取ることはできないのだと。
勉学によく励むようになったのはその頃だった。
両親も認め、弟であるジルベールよりも賢くあるようにと、自らを極限まで追い込んだ。
サンドリーヌが王太子になってもいいのではないかとロベールが言うほどだ。
サンドリーヌが国王となり、イーサンと添い遂げる未来のためならば、弟を蹴落とすぐらい造作もないことだった。
イーサンと結婚を続けるためには、愚か者の君主では駄目だ。
有能な為政者である必要があった。
そのために派閥を広げ、交流をした。
段々と保守派と呼ばれる革新派と並ぶほどの派閥が出来上がっていた。
その頃だった。
父からスカー山脈沿いで小さな魔物のスタンピードが起きたとのこと。
聖剣を使うまでもないが、数年はかかると。
そして、イーサンに三年間の出兵命令を出すと。
サンドリーヌ13歳、イーサンが12歳の頃だった。
「なぜですか?」
疑問だった。
まさか、サンドリーヌがイーサンと結婚させないために、彼を死地へ追いやるわけもあるまい。
両親に見せるような顔ではなかったかもしれない。
怒りに狂って逆に冷静になった顔に両親は心配そうにサンドリーヌを見つめていた。
「バンフィールド一族に課せられた制約だ。彼らは三年間の出兵義務がある。これは、私個人が決めたことではなく、三百年前の国王が決めたことだ」
サンドリーヌはまたかとため息をつきたくなった。
大公家の許されざる過去。
サンドリーヌはその事情を聞いても、イーサンへの熱が消えることはなかった。
なのに、いつでもイーサンとの未来を望むサンドリーヌの前にはその鎖がツルのように絡んでくる。
「‥‥わかりました」
本当は行ってほしくない。
だが、これ以上両親を困らせても、イーサンの出兵命令を取り消すことはないだろうと、頭で理解した。
半年後には、ラントレー貴族学院への入学が迫っているというのに、イーサンが心配で仕方がなかった。
呼び出した彼は特段いつもと変わった様子はなかった。
余裕なのか、それともその表情は危機に瀕しても変わることはないのだろうか。
大丈夫?と声をかけたくなる自分を必死で押さえた。
今言うべきことはそれではない。
「生きて帰ってきて」
「分かりました」
死地へ向かう彼はいつも通り淡々と返事をした。
そして、サンドリーヌは彼が戦地から帰ってきたとしても、自らの学院生活と彼の学院生活は交わることがないのだと理解した。
楽しみにしていたというのに実に残念だった。
すぐに、イーサンは出兵した。
お見送りはさせてもらえず、自室で彼の家の方向へと強く祈った。
それから一年半と少しが経った頃、彼の両親の訃報が聞こえた。
馬車が土砂崩れに巻き込まれたようだ。
剣聖と呼ばれた彼の父は、あっけなく死んでしまった。
サンドリーヌはイーサンの帰還ができないではないだろうかという一つの疑問が浮かんだ。
歴史とバンフィールド一族の過去、そして王室が彼らを繋ぎ止める理由、それらをすべてパズルのピースのように当てはめて、サンドリーヌはある結論に至った。
「イーサンの早期帰還をお願いできますでしょうか?」
サンドリーヌの案をロベールは婚約の時のように一蹴することはなかった。
サンドリーヌはバンフィールド一族の必要性をロベールへと論じた。
彼ら一族を残す理由がある。
ならば、イーサンという後継が、戦地で亡くなったらどうだろうか。
サンドリーヌの言葉を聞いて、ロベールはすぐにイーサンの早期帰還の命令を下した。
サンドリーヌは歓喜する顔を抑えながら、彼の帰還を喜んだ。
学院生活を共にできることがとてつもなく嬉しかったのだ。
一年だけでも、彼と同じ空間で過ごせるのがとてつもない喜びを生み出していた。
イーサンが学院へと入学を果たした頃、サンドリーヌの耳にあることが入ってきた。
イーサンの周りを女性がつきまとっているとのこと。
そして、イーサンがそれを止めずに、静観しているということ。
婚約者でもないのに、イーサンを咎めることのできない自分に腹ただしかった。
イーサンとその女性、エレノアという令嬢がいる第二談話室に赴くと、そこにはイーサンと彼の側近であるリュカという令息しかいなかった。
サンドリーヌは、もぬけの殻となったその談話室のすぐ近くにあるという第一談話室に足を赴いた。
だが、エレノアという女性の容姿に当てはまる女性はその部屋にもいなかった。
まさか、自分の側近が嘘をついていたのだろうかという考えはすぐに消えた。
ジルベールがいないのだ。
弟であるジルベールは騎士学部特待生に通っている。
ジルベールの側近もこの部屋にいるのだから、彼もまた第一談話室を使っているだろう。
そのジルベールと共にエレノアがいないとなれば、導き出せるのはただ一つだった。
ジルベールが自分の行動を読んで先回りして、彼女を助けたということ。
腹ただしい弟の行動に、つい怒りがこみ上げてくる。
ジルベールとエレノアを探すのに時間を取られるわけにはいかなかった。
学部の違う先輩の生徒が違う学部の下学年のテリトリーに長くいれば、何かと噂になる。
サンドリーヌは騎士学部の建物から出た。




