37話 初恋と枷② サンドリーヌ視点
イーサンの剣士トーナメントの出場権は三年間で一度のみらしい。
そして、今年度はイーサンは出ないということが出場者の名簿で分かった。
弟であるジルベールは出るようだ。
そして、三席のリュカ。
どちらも初戦敗退だ。
王族の席へと戻ってきた愚弟は、前に会った時より大分成長しているように見えた。
優勝したのはジルベールを初戦で倒したアルバン・ニストフ卿だ。
国王から姿替えリングをアルバン卿に贈呈された。
サンドリーヌがそこまで珍しくもないと思っていた姿替えリングは、実は結構珍しいものだったということをこの時知った。
夏休みになった後、イーサンがまだ王都に滞在しているという知らせが入ってきた。
公家領に戻っているかと思っていたのだが、今年は王都に滞在するつもりのようだ。
サンドリーヌはすぐにイーサンへと手紙を書いた。
すぐに返事が来て、イーサンが来る日取りが決まった。
サンドリーヌは久しぶりに見たイーサンを見て驚いた。
侍従たちにはイーサンの変化など分かりもしないだろう。
長年共に過ごしてきたサンドリーヌだからこそ分かる変化。
それほど微々たるものだった。
イーサンは浮かれていたのだ。
サンドリーヌは探りを入れた。
イーサンが気付かないように、近況を聞くように。
「最近はどうでしたか?」
「王都観光に行きました」
シンプルな答え。
この男が一人で王都観光など楽しむはずがないのは、サンドリーヌは分かっていた。
誰と?なんて聞けるはずがない。
ラントレー貴族学院の騎士学部特待生の中で残っているのは、イーサンとエレノアのみだとはもう知っていた。
聞けば自分が惨めになるからだ。
これほど愛しているというのに、彼からの愛情は返ってこない。
いや、返ってこなくともいい。
そう思っていたはずだというのに。
イーサンの中に芽吹いた小さな感情を喜ばしく思えなかった。
無表情で無感情。
別にそんなイーサンを好いていたわけではない。
ただ、その芽吹きをサンドリーヌがしてあげたかったというだけ。
幸いなのは、彼が彼女との婚約を望んでいないことだろうか。
それは見て取れた。
そう。
イーサンと結婚するのはサンドリーヌなのだ。
最後に手に入れられるのはサンドリーヌだと自分に言い聞かせる。
サンドリーヌは、イーサンがエレノアと婚約したいと言ってきたらどうするのだろうか。
考えたくもない考えが頭に浮かぶ。
苦しみを訴えるサンドリーヌを心配したイーサンが近寄る。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
本当に心配しているのだろうかと思うほど、感情の起伏がない。
「少し、手を握ってくれないかしら」
病人を装ってでしか、イーサンに触れることができない自分が嫌になる。
だが、イーサンはそんなサンドリーヌの手を握ってくれた。
体温と共に、血が巡っているのがどくどくと伝わってくる。
「大丈夫よ。ありがとう」
できることならずっと握っていたかった手を離した。
サンドリーヌとイーサンはその後、他愛もない会話を続けた。
貴族たちの思惑がひしめく交流とは違うこの会話がとてつもなく楽しく感じる。
あなたもそう思ってるの?
イーサンに聞きたい本音はすべて殻に押し込めた。
三年生の後半になると剣舞があった。
イーサンはあのエレノアとジルベールと踊るようだ。
どうやらあの愚弟が仕組んだことらしい。
邪魔をするつもりなのだろうか。
ダンスホールの二階で剣舞を踊るイーサンを見た時に、サンドリーヌはものすごく悔いた。
なぜ、自分は剣を上手く扱えないのだろう。
弟のジルベールのようにはなれず、凡人と同じ域にしかならなかった。
魔法もほとんど扱えず、サンドリーヌは教養学部である。
なぜ、あの場にいるのが自分ではないのか。
とても腹ただしい。
エレノアの隣で踊るイーサンを見て確信した。
彼はエレノアが好きなのだと。
気付きたくもなかった、好きな相手の好意を寄せる相手。
それは自分がイーサンに向けている物と同じ熱を抱いていた。
サンドリーヌは最後まで剣舞を見ると、その場から早々に立ち去った。
それほど居心地が悪い場所だったわけではない。
ただ、涙を流したかっただけだ。
卒業パーティのパートナー。
サンドリーヌは三人の男性に声をかけられた。
だが、そのすべてを断り、サンドリーヌはイーサンに声をかけた。
「卒業パーティのパートナーになってくれないかしら」
「はい。喜んで」
予想とは違って、彼の答えは肯定だった。
エレノアのことが好きなイーサンは、てっきり自分の卒業パーティのパートナーを断ると思っていたのだ。
イーサンには王族への忠誠心が求められるが、それは、縛りではない。
サンドリーヌの提案も断ろうと思えば、断れたはずだ。
断らないということはもしかしてという考えも浮かんだ。
すぐに、彼の服とペアで自分のドレスを作った。
おそろいのピアスも作るほど気が高ぶっていた。
イーサンの瞳の色に合わせた緑色を基調とした華やかなドレス。
それを着て、サンドリーヌとイーサンは卒業パーティの会場へと足を踏み入れた。
昼間は出し物や交流会を目的とした物だったが、サンドリーヌはイーサンとこのような場で共にパートナーとして過ごせていることが嬉しく、つい口元が緩んだ。
夕方になる頃には、お酒も入ってほんの少し高揚したまま、サンドリーヌとイーサンははじめてのダンスを踊った。
優雅な曲調の音楽に合わせて、踊っていく。
イーサンはダンスに疎いものかと思っていたが、実は結構の玄人のようだ。
サンドリーヌもダンスを極めていたが、それと同じくらいの力量だ。
ダンスを踊れるのがあまりに嬉しくて、つい繕っていた顔が崩れ、にこやかな笑顔が出てきてしまう。
それ程、夢心地のようだったのだ。
サンドリーヌとイーサンが舞踏会のパートナーとして共に過ごすことはなかった。
できなかったのだ。
両親も許さないあの中で、そんなことを言えるはずがなかった。
自由が許される学院の中だからこそ、できるこのダンスをずっと忘れたくないと思った。
卒業パーティの終わりがあと三十分に近づく中、イーサンが酒を飲んで、少し酔っているように見えた。
酒に慣れていない彼は、その酔いが回ったことで少し冷静ではないようだ。
「先に帰ってもいいわよ」
「すみません」
彼は赤らんだ顔を見せて、申し訳なさそうにサンドリーヌに謝った。
「いいのよ。ゆっくり休んで」
最後まで一緒にいればよかったとその後、サンドリーヌはものすごく悔いた。
自分があれほど惨めになる瞬間はなかったからだ。
サンドリーヌは、イーサンがちゃんと帰れているだろうかと、会場の入口からイーサンの寮がある方向へと目をやった。
その瞬間、サンドリーヌは不快感に包まれた。
先ほどまで、自分とダンスを踊っていた男が、別の女性とダンスを楽しげに踊っていたからだ。
顔は見えない。
暗闇なのと、イーサンの影になっているからだ。
だが、そんな表情をイーサンにさせるのは、サンドリーヌには一人しか思い当たらなかった。
ダンスが終わる直前、イーサンが女性を拒絶した。
声は聞こえず、イーサンはその場から立ち去った。
丸裸になったその女性と、サンドリーヌは目があった。
避けるようにその場から立ち去った自分がとてつもなく恥ずかしかった。
そして、卒業式の日。
サンドリーヌはイーサンへと手紙を書いた。
イーサン。
卒業パーティの日はどうもありがとう。
あなたとのはじめてのダンス、とても楽しかった。
私、あなたのことが好きよ。
ずっと言ってきたことだと思うけれど、あなたが忘れている気がしたの。
なぜ、こんな事を手紙で話すのだろうとあなたも思っていることでしょう。
私はあなたが好き。
だけど、私の立場がそれを許してくれないのは分かっているつもりよ。
だから言うわ。
手遅れにならないうちに。
私と駆け落ちをしない?
もし、その気があるのなら、この住所に来てほしい。
今日の夜まで待っているから。
駄目というのなら、その時は駆け落ちは諦めるわ。
ただ、私はあなたの好きな人を知っている。
それだけは知っていてほしい。
サンドリーヌ・ラントレー
信頼できる側近へと手紙を渡し、それをイーサンへと渡したという報告がされた。
サンドリーヌは必要最低限の荷物を持って、駆け落ちの場所へと向かった。
段々と太陽が沈み、夜の寒さがサンドリーヌを襲ってきた。
用意した御者には、出発はいつになるか分からない。
出発もしないかもしれない。
だけど、お金は払うとだけ言っている。
御者は変な客だと思ったかもしれないが、サンドリーヌは待つしかない。
翌日まで、彼が来ることはなかった。
一夜を共にした御者は、途中で眠っているらしく、朝方にサンドリーヌが起こして、彼へと駄賃を渡した。
御者は文句をたれずに駄賃を受け取ると、早々にその場を去って家へと戻ったようだ。
サンドリーヌは白い息を吐きながら、歩いて王宮へと向かった。
王宮へと辿り着く前に、近衛兵に捕まった。
「行方不明になるなんて。心配したのだからな」
父と母は娘が帰ってきたことを涙を流して喜んでいた。
父も母もしらないだろう。
娘が国を捨てて駆け落ちしようとしていたなんて。
だが、もうすることはない。
決意は固まり、サンドリーヌは王位につくために動くだけだ。
だから、手紙で少し脅したことは許してほしい。




